2009年7月30日木曜日

真銅正宏『小説の方法』を読む Vol.02


前回の投稿(引用)が、思ったより長々と続いてしまって、随分読みにくいものになってしまいました。
読みにくいだけなら、もともと読む人も少ないブログなので構わないとも思うのですが、あんなに引用したらもしかして真銅先生の営業妨害になりかねないと思うと少し反省。今のところ特に問題はないのですが、もしなにか問題があったら、記事を一掃するかもしれません。

個人的には、公開した文書を一方的に更新したり削除したりするのは避けるべきことと考えています。本音では、なにせ軽率で誤解を招くような書き方をすることが多いので何十回でも推敲したいのですが、我慢してせいぜい誤植訂正程度に抑えるようにしています。
というのは後からどんどん書き変え、削除されてしまったら他の人があとから記事を検証できない、つまり客観的な議論の組み立てをすることが不可能になる。だからblog記事やWikipedia記事は論文に引用できないとか、そーゆーことがあるわけですよね。
もちろんこの拙文をもとに論文書く阿呆はいないと思いますが、一応ややこしい議論につっこんでる自覚はあるので、議論のための礼儀はわきまえたいと思っています。
ただし、拙文に関して権利関係人間関係その他不快な思いをされた方がいるなら、謝してその旨を明記し記事を訂正・削除することに吝かではないです。どうぞお申し出下さい。

で、反省はしつつ、それでも乗り出した舟なのでそのまま引用編集のスタイルを続けます。
前回は序章と第一部の引用が基でしたが、今回は第二部。この部分を問いは、「我々はなぜ小説を書くのか」。「読む」だけではなく、「書く」ことに意識を及ぼしている点が、他の多くの理論入門とは違うところだと思います。
また論中引用されている川西著(未読)とは別の視点に立ちながら「メディア革命の時代」にあって「小説の危機」を意識する著者の姿勢は、なかなか読み応えがあります。……皆さん、買って読んでください(^^;。


第二部「我々はなぜ小説を書くのか」

川西政明の『小説の終焉』(岩波書店、2004年)のタイトルは、この時代における小説の危機的状況を、実に見事に言い当てている。(P.103)
川西は、小説が「終焉」を迎えつつあるのは、既に二葉亭四迷の昔から一二〇年近くが経ち、小説が扱うべきテーマまたは論点が書き尽くされてしまったからである、と言う。……それでもなぜか小説は、今も書かれ続けている。……以前ほど影響力を持たなくなったにしろ、芥川賞や直木賞の発表は、社会的なニュースとして、マス・メディアに今も大きく扱われる。この、やや異様とも思える小説の特別扱いは、例えば絵画や演劇に関わるさまざまな賞と比較しても、明らかであろう。(P.103)

むしろ危機の度合いが大きいのは、書き手の側の問題である。明治時代のように、他のメディアが発達していなかった時代と現代との間で、受け手である読者の環境が大きく変化したことは明らかである。……しかし、それに関わる書き手の個人的な意志や戦略、そして方法の側面については、基本的には何も変わっていないように思われるのである。(P.105)

小説は虚構である。虚構であるということが小説の存在性を支えるものである。(P.172)

小説の存続の危機が言われる今こそ、虚構性の復権による、小説の再定義が必要なのではないだろうか。小説は、これまで近代日本の文学史がたどってきた、明治末期以降の自然主義・私小説の席巻以前に戻り、近代文学史を無化し、虚構の芸術として歩み直すべきではないだろうか。虚構をめぐる方法論の積み重ね、および脱日常という小説の性格の原典に立ち戻り、これらの実験の系譜を積み重ねるべきではないだろうか。(P.172)

小説とされる諸々の作品群に、果たして共通の性格は存在するのか。ここが問いの出発点である。……小説とは何か、という問いに答えるためには、一つの方策として、下位項目としての様々なジャンルについての検討から帰納的に全体像を組み立てることが想定される。(P.111)

例えば、日常の風景を写す描写に際しても、これをどのように書くか、という思考には、書き方の選択が伴う。そこに想定される書き方のヴァリエーションは、書くという行為の限界と可能性を示している。……作家とは、取り敢えずは、この書き方のヴァリエーションをたくさん持ち、またその使用法を十二分にわきまえている存在と考えることができる。(P.108~109)

最前線の作家は、過去のジャンルを意識しながらも、基本的にはそこから自由になろうとするか、もしくは意識的にジャンルの殻を破ろうとするものである。したがって、ジャンル名とは、どこまで行っても小説の創造の場に追いつくことはできないのである。(P.116)

多様なジャンルを意識し、小説の可能性を拡大すること。それが、読者層を想定することの最も重要な意味合いであろう。(P.128)

ごく内輪の読者には、一種の符号的な表現も許されるであろうし、ローカルな話題も通じる。……しかし、より広い一般読者には、この内輪性は通用しない。したがって、より広範な読者を獲得するためには、特殊な状況を、いかに一般化して伝えるかという技術が必要となるのである。(P.128~129)

読者層の想定には、当然、リテラシーの問題が関わってくる。まずは、その小説を、読者が読むことができるのかが、ある限定を加えている。我々は通常は意識しないが、日本語で日本の文化を前提に小説を書く際には、日本語が読め日本の文化がある程度理解でき、作中の空気を共有できる読者を確実に選択している。……このような、暗黙の了解事項は、小説の読書現場においても、コミュニケーションにおけるコードとして確かに存在しているのである。(P.125)
このようなコードについては、厳密に見ていけば、その共有に差が生じてくることも事実である。……つまり、テクストがそこに立ち現れる際、いかに作者が緻密に描き込んだとしても、読者のコードは一定でないので、テクストは、たとえ誤読がない場合においても、あらゆる読まれ方のヴァリエーションを抱え込むことになる。(P.125)

注意しておかなければならないのは、このことが、読者個々の読みの恣意性をのみ意味すると言うことを強調したいわけではない、という点である。むしろ、個々の読みの恣意性を超えて、読みとは改変可能である、という点に結びつけたいのである。テクストは読者を鍛え、読者に読みの一定のルールを植えつけることも可能なのである。(P.126)

読者の意識こそは、文学がいかに私的な表現から、社会的な表現へと移り変わるかという問題を体現するものである。(P.129)

次に、読者の距離、および裏切りについても触れておかなければならない。作中に設定された読者はともかく、現実における読者は、テクストの意図通りに解釈してくれるとは限らない。……このような場合には、やはりガダマーの『真理と方法Ⅰ』からヤウスの『挑発としての文学史』へと引き継がれた、「地平」の概念を導入するなどの工夫が必要である。要するに、テクストが乗っている地平と読者の乗っている地平を違うものとした上で、地平の重ね合いが求められるという発想法である。この際、テクスト側からちかづいてくれることは想定できないので、あくまで読者の地平が更新される必要があろう。(P.130)

小説を書く際に、作中時間をどう設定するのかが、作品の重要な鍵となることは言うまでもない。……ジュネットによると、作中の出来事の記述は、イストワール(histoire 物語内容)と呼ばれる。それに対し、言説自体は、レシ(recti 物語言説)と呼ばれる。この二つの間にある時間のずれは、大きく、まず、順序の相違として現れる。(P.131)

日常生活においては、時間はただ流れているだけであり、我々はその存在について殊更に気づきもしない。ところが、時間が止まっているように感じたり、時間がとても早く流れていくように感じた場合には、時間というものの存在を強く意識する。……このように、生きていることにすら無自覚的になってしまった人間が、成長や停滞に気づき、言わば人間らしさを取り戻す瞬間、それが時間を意識した時なのである。(P.135)

小説は我々に脱日常を促す。……この場合、脱日常は、ただ空間的な位置関係にのみよるものではなく、このような我々の肉体が委ねられている通常の時間から、精神的な側面が関わる時間感覚が乖離しようとする営為であるとも言い換えることができよう。(P.135)

小説を構成するとは、正しく、現実世界とは別のもう一つの世界を構築することであり、小説を描く際の構想とは、その意味において、世界像の把握である。世界をどう捉えるのか、という訓練の機会を、小説は我々に与えてくれるのである。(P.151)

誰もが完璧な小説を立派に完成させなくともいい。誰もがそれぞれ、どんな形でもいいから、物語を構築することを積み重ねていけば、現実空間に埋没する人が減り、多くの人の世界の見え方が変わってくるはずである。……極端に言うならば、今は、これまでのような小説読者を増やすことによる小説の復権ではなく、小説作者を増やすことによって、小説を取り巻く環境自体から整備するべき時なのかも知れない。(P.179)



次回、自分の言葉で、書きます。
 

※後記。 同書の著名な書評がネット上で読めることを知りました。書評者は近代文学研究
 では有名な方です。拙稿は非常に個人的な問題関心によって引用していますので、同書の
 しっかりした書評がお読みになりたい方は、下記。
http://d.hatena.ne.jp/hibi2007/20071110/1200221690
 
 

2009年7月28日火曜日

真銅正宏『小説の方法』を読む Vol.01


真銅正宏氏『小説の方法 ポストモダン文学講義』(萌書房、2007)を読んでいる。
全体を貫く問いは、「読書とはなにか」ということである。

全体は大きく、序章「小説を読むこと」、第一部「小説を読む楽しみ」、第二部「小説を書く楽しみ」、終章「文学にできること」に分けられる。
参考文献やあとがきを見ればわかるが、文学研究の第一線で活躍する著者が、最新の成果を踏まえた上で真摯に「読書とは何か」「文学とは何か」を問うた本で、現代文学理論の入門書としては恰好のものだ。
しかし私は残念ながら、本書の要点を的確に整理して、且つ自分自身が向き合っている「俳句」という特殊なジャンルへ即座に転用するというような、そんな器用さは持っていない。そもそも実のところ、私がこの本を読むのは二度目であり、一昨年に図書館で読んだだけでは理解しきれなかったことを、今回改めて見つめ直そうと試みた次第である。
本稿はまず、私個人の問題関心から真銅氏の著作を任意に(恣意的に)抜粋し、今、私自身が抱えている問題を明かとし、また理論研究によればどのように語りうるのかを確認したい。

先日も記したとおり、本ブログは私個人の問題関心をまとめることを第一の目的としており、ただその問題についてできるだけ普遍的な解消を模索することで、閲覧してくださっている方々の、まぁ補助資料程度の役に立てばいいと思っている。
以下、すべて真銅氏前掲書の引用、()に頁数を記す。

第一部「我々はなぜ小説を読むのか」

まず、テクスト概念の整理から始めたい。テクストとは、編み目、すなわち、おそらく作者によって書き付けられた……一見実態物に見える文字の羅列と、……これを現実化する読者の読書行為とがぶつかる現場において、一瞬立ち上がる、一時的な意味の総体のことである(P.26)
要するに、テクストの考え方は、小説を、実体物ではなく、意味の関係性によって一瞬構築されたものとして捉えるわけである。(P.27)

同じ読書という行為においても、そのテクストへの関わり方には、深度のさまざまの段階が想定される。受動的にただストーリーを受け入れるだけの、いわゆる娯楽としての消費活動としての読みから、そこに書かれたものを分析し、研究論文や批評、……さらなる生産行為に繋げる、実に能動的な読み方まで、我々の読書行為にはさまざまな性格の違いが想定可能である。(P.42)
このような、実に能動的で精密な読書行為を、今、一般的な読書と区別することにしよう。それが、ニュー・クリティシズムの批評家たちが広めた、精読という名の読み方である。 (P.42)

精読とは、いかにも新語らしい日本語である。……そもそもは、あるテクストの中から、できるだけそのテクストの意味するものを綿密に、正確に引き出そうとする読み方をいう言葉であった。ただし、それは、テクスト第一主義、テクスト中心主義とでも言うべき状況を招来する危険性を持つ。……そこには、テクストの本来の意味合い、すなわち、さまざまな要素が組み合わさって、そこに一瞬姿を立ち上げるという、非物質的な像との矛盾が感じられる。そこに全てがあるという、そこ(原文傍点)、を想定することは、テクストがあたかも物質性を持つかのように受け取ることとなる。(P.44~45)

素朴に何かを受け取ることができるならば、小説もまた、受動的読書によって受容できると言える。しかし、多くの場合それは、ストーリーを読み取ったという次元にとどまり、そこに張り巡らされた計算については、無知または無頓着である場合が多い。……要するに、歌舞伎や江戸時代というものに遅れてきた現代にあっては、……その作品の同時代の状況などを知ることによって、ようやく新たな楽しみを見出すこともできるのである。(P.6)
我々の読書行為は、この表層的なテクストの読解と、その周辺に広がるコンテクストの理解という二つの要素で成り立っている。……我々の読書とは、実はテクストではなく、コンテクストを読む行為なのである。……文学というジャンルを正確に把握するためには、我々は、実は書かれていることだけを読むだけでは不十分なのである。むしろ、書かれていることより、読まなければならない大切なものがある。それが、コンテクストである。(P.8)

この議論、すなわち、作品を読む際、作品外の知識や背景が、その理解にどの程度関わるのかは、あるテクストを構成する要素に、作品外要素がどの程度影響を及ぼすのか、という問題でもある。読者は一般的に、その知識量によってテクストの空白を補うわけであるので、作品外要素はいずれにしても一旦は認めることになろうが、そのような一見作品外要素と見えるものも、実はテクストに内包されている、という発想も可能……(P.44)

我々の精読とは、従来そのようにふるまってきたような、テクスト自体の意味の忠実な再現というような行為ではなく、むしろ、再現や注釈に見せかけた、書かれていないものの創出、ないし虚構行為なのではないか。我々読者は、精読するふりをして、創作にいそしんでいるのではないか。(P.25)

我々はなぜ小説を読むのか。そもそもそれは、決して娯楽の一環としてではなかった。……小説を読むとは、実は想像し、創造するという言葉の言い換えなのである。(P.25)

テクストとは多義的で、実に不透明で不確定なものである。だからこそ、読者の関与が可能であり、そこに一時的に社会的な意味が生じる。しかしそれが提示するのはテクスト本来の意味ではない。テクストとは先にも述べたとおり、そもそも関係性自体の謂いだからである。本来の意味などない。つまり、社会性が、意味を産出するのである。……にもかかわらず、テクストの社会性、作者と読者との間にある社会性について、これまで十分な議論がなされてきたとは思えないし、……中心的な課題を形成したことはないのではなかろうか。(P.31)

たとえ私小説であろうと、作者はそれを小説として発表する以上、そこに、造型という虚構行為を行わねばなるまい。そのような、小説を社会性の自覚のもとテクスト伝達の図式に乗せるのが作者という存在であるべきではなかろうか。そしてそのことを前提として、作者を絶対者として理解せず、テクストの送り手として、機能的に理解し、その機能の総体としての作者の意図を読み、テクストをそこに立ち上げようとするのが、ここにいう読者という存在なのである。作者と読者とは、協同してテクスト生成に関わるのである。(P.41)

テクストを顕在化するのは読者であり、読者がテクストを最終的に生成すると言っても過言ではないのである。しかしながら、読者は特定の個人を指すことはなく、常に不特定多数として、テクストに関わることになる。そのような考え方において、その読者像は、どのように把握できるのであろうか。(P.45)
これに対し、テクスト論はまた、さまざまな可能性を探った。その代表的な考え方が、ハンス・ロベルト・ヤウスの……「期待の地平」という考え方で、我々読者と作者とが同じ「地平」に乗っていることを想定し、その地平像をもって読者像とする考え方である。
……もう一つは、読者像は全て、テクストに先験的に含まれている、という考え方であり、イーザーもまた、『行為としての読書』において、これをImplied Readerという概念で整理している。……要するに、テクストに含み込まれた読者像である。(P.46~P.48)

読者の機能はテクストに組み込まれているとしても、テクストを社会的産物とするならば、そこに想定される読者もまた、そのテクストが所属する社会の慣習から自由ではないはずだからである。要するに、読者の読み方は、社会的なコードや読みの慣習など、先行するあらゆる読書行為をなぞるのである。(P.52)
……この際、テクストの論理だけでは決定不能な要素について、当然ながら読者の慣習からの判断が働くことが考えられるのである。(P.52)

テクストというあるひとかたまりの言語の群が小説である、と我々に認知されるのは、いったい何によってなのであろうか。P.72)
例えば、通常、書物にはタイトルが書きつけられ、作者名が書かれている。……我々は、多くの場合、小説を読む前にタイトルを目にし、作者名を納得している。このときから、読書行為は始まっているのかも知れない。(P.72)

素朴な物言いにおいて、本を読むという時、そこには文字から浮かび上がるイメージを捉える作業と共に、この書物を手で持ち、頁をめくるという作業をも含んでいることは、否定できまい。……我々は、生のテクストに直截触れることができないために、テクストが纏う衣裳をも、そのテクストの一部として、認識せざるをえない。この、テクストに纏わりつく、テクストの一部として認定できる範囲までの衣裳が、パラテクストである。P.71~P.72)

ジュネットは、パラテクストについて、「それによってあるテクストが書物となり、それによってあるテクストが読者、より一般的には大衆に対し、書物として提示される、そのようなものである」とも述べている。(P.73)

つまりテクストは、概念上は非物質的であるが、読書行為という伝達の場に置かれた時、必然的に物質的存在となる。これを書物と呼ぶとすると、……テクストと実際の印刷物との間に、もう一段、あらためて書物という概念を置くことができるのではなかろうか。(P.80)

(注、現代では)あらゆる作者は、正しく自分が当の作者であることを、文脈として読者に強要する。著名になればなるほど、その傾向は強くなる。これは、作者の側の傲慢を言う言葉ではない。むしろ読者がそのように読むように方向付けられるということである。……もし文学という現象が伝達行為として措定されるならば、パラテクストとは、テクストの外部にありながらも、テクストの本質を指し示すとも考えられる。(P.76)

恐るべきは、その行きすぎによる誤読のみである。恋愛物語が、作者名に太宰治というパラテクストを持っているだけで、悲恋のものと読み替えられる際、どこからか誤読の一線を越えてしまうのである。……制度性は、パラテクストによって増幅され、テクストの周辺に再配置されると言っても過言ではなかろう。(P.78)

結局、我々が文学の社会性と述べているものも、実のところは、全読者、全人類なるものを対象としているのではなく、……文学は、ある意味で、閉鎖的な内輪の伝達を前提としている。しかもそれは、「文学なるもの」という実に不確かなものを内容とする、実に曖昧な閉鎖的伝達である。(P.81~82)

創造するとは、神のように、全く最初から何かを作り出すことではない。あくまで、これまで用いられてきた言葉やモチーフを再利用し、そこに組み直して再出発させることである。……フライは同じ書の別のところで、作者を「産婆」と譬えている。(P.38)

同じ言葉を用いながら、新聞などの媒体では芸術ではないのに、なぜ小説に用いられたなならば、それが芸術性を、持つのか。というより、芸術性は、言葉そのものの形式でないならばどこに存しているのか。(P.91)

嘘や偽りが虚構なのではなく、それらを、真実は真実のまま、いかに加工しているのか、つまり、短縮や省略など、いかに作品として効率的で効果的なものへと生まれ変わらせているのかに、文学性の根拠を求めるわけである。……文学の文学性は、内容とはほとんど関わらない。なぜなら、内容は文学以外のジャンルでも表現可能だからである。……文学とは、いかに作られたものであるかの跡づけによってのみ、その文学性を測ることができるものと、考えられるのである。(P.92)


※後記 投稿したあとで確認したら、予想以上に読みにくいものになっていました。真銅先生ごめんなさい、別にイヤガラセではないです(汗。 文章自体は濃密ですが平易なので、ワードかなにかに貼り付けて読まれることをお奨めします。…というより買って読まれることをお奨めします。 亭主拝。

2009年7月23日木曜日

雑談


今日もきっと、どこかのスレッドで交わされているに違いない、マンガやアニメに関する雑談。

最近のマンガはおもしろくない、と A は言う。
今のJUMPは全て似たり寄ったりで、JUMP黄金期には及ばない。
A の小~中学校時代、JUMPは黄金期と呼ばれる絶頂期を迎え「DRAGONBALL」、「SLUM DUNK」、「幽遊白書」の三大人気作が軒を並べ、「シティハンター」、「聖騎士聖矢」、「ラッキーマン」、「こち亀」、「るろうに剣心」など硬軟とりまぜて人気作が併載されていた。
今のマンガは、黄金期の亜流にすぎない、と、 a も言う。派手でアクションが多いが、意外性がない。そして黄金期のリメイクブーム。「シティハンター」「北斗の拳」の続編も連載が始まって随分たつが、オリジナルには遠く及ばない。まるでハリウッド映画だ。
そうだそうだ、と、その他大勢の野次馬たちも納得する。

そんなことはない、と B は言う。
ワンピース、NARUTO、BLEACH、今のJUMPを支えている人気作の売り上げは黄金期の作品の多くを上回っている。よく読んでみろ、今のマンガのほうがよっぽど面白いのだから。
b もそれに加わる。今はJUMP以外にも面白い漫画がたくさんあって、現に見ろ、今ドラマや映画で話題になるのは、ほとんど漫画原作だぞ。

実は「のだめ」や「もやしもん」の愛読者でもある A たちはひるむ。
B たちの感想は、自分たちが先行するマンガ作品に対して思っていたこと―横山光輝やちばてつやのマンガに対して思っていたことと、同じではないか?ひょっとして、「今のマンガが面白くない」のは、自分が年を取っただけなのだろうか?

でも、と、新しく加わったCが言う。
「DRAGONBALL」以前に「DRAGONBALL」はなかった。
「ワンピース」は、結局「DRAGONBALL」をはじめて読んだ衝撃には適わない。

じゃあ、
とbが発言する。
僕は「DRAGONBALL」連載時には読んでいなかった、いや生まれていなかった。
僕には「DRAGONBALL」の面白さはわからないの?



作品を読む、ということは、どういうことなのだろう。

時代を超えて読み継がれる、永遠不変の「価値」などあるはずもない。
すべての人間は歴史的存在であることを免れず、結局は自分たちの生きる時代の許容する幅で、ものごとを価値付けていくしかない。

歴史のある断面、ある一時期において、「すぐれていた」作品と、
比較的に長いスパンで、「優れている」と称され続けていた作品、がある。
本質的な意味において、どちらが勝っているということはない。
価値付けをするのは、常に読者の側のエゴである。
ぶっちゃけ、「おもしろい」という読者が一人いれば、その作品は「おもしろい」のである。



バルト葬儀委員長閣下が高らかに「作者は死んだ」宣言をしたのも随分昔のことだが、
それでも我々はある作品を読むときに、その背後に「作者」を仮構してしまうし、
また作品に接するときには、「作者」の名前をたよりにするだろう。

作品に接する前に知ってしまう「作者」の情報(プロフィールや評価やキャラクター)や、「作品」の情報(内容や評価)、つまり「テクストの外部情報」というのが、文学理論でいう、パラテクストとかいうやつなのだろう。(聞きかじり)(ああ、ジュネット読まなきゃ)

純粋な意味で、外部情報から遮断された「作品」を味わうことなど、我々には不可能だ。



我々は、山口誓子という俳人を既に知っている。
山口誓子の「新しい素材」摂取の一例として出されることの多い、次のような句。
  スケートの紐むすぶ間も逸りつヽ  誓子
しかし、「新しい」という相対的な評価をするためには、そのほかの俳句を知らなくてはいけない。

掲句は、小学校の教科書にも採用されることがあるように、句意はきわめて明瞭。
だが、この句の背景として、「スケート」がそれまで俳句に詠まれることが少なかったこと、を知ったとき、作品の評価は変わらないだろうか。
この句の背景として、編み上げの「スケート靴」という文化自体が比較的新しいものであることを知ったとき、作品の評価は変わらないだろうか。
そのほか、この句が連作のなかの一句であり、全体には「アサヒ・スケート・リンク」と詞書があること、この「アサヒ・スケート・リンク」が作品発表の前年に大阪アサヒビル屋上に開設された人気スポットであったこと、などを知ったとき、作品への評価は、初めて読んだときよりも、より鮮やかになってくるのではないか。



我々、「国文学者」を名乗る人種は、より積極的な「外部情報」の取り込みを通じて、より豊かな作品理解を試みる。我々はその方法を「注釈」などと呼んでいる。

「注釈」や「研究」によって深められる「読み」とは、「読み」と同じものなのだろうか?

とりあえず、今、私の目の前には、真銅正宏『小説の方法 ポストモダン文学講義』(萌書房、2007)がある。


(つづく……?)

※参考文献
 青木亮人「スケートリンクの沃度丁幾―山口誓子『投稿』の連作俳句について―」『スポーツする文学―1920-30年の文化詩学』(青弓社、2009年6月)。

ここで作品とは「テクスト」と峻別された独立の用語ではなく、一般的な語彙として用いている。私自身が「テクスト論」の地平をまだまだつかみきれておらず、勉強中なのだ。

2009年7月14日火曜日

世代論とか


バリケードは仮設空間だった。/みんなで垂直に飛び上がって、時間を止めた。いったん自分たちの未来を消し、どう生きるかを考えた。着地した後、個人に戻って、それぞれの道を歩んだ。僕もその一人。
猪瀬直樹の発言「ニッポン人脈記 反逆の時を生きて⑪」2009.07.07朝日新聞夕刊

『俳句』7月号は団塊の世代特集。
へぇ、と思ったら企画は橋本榮治氏で、例の「俳句の未来予想図」での討議に啓発されてのことだそうだ。随分、お仕事が早い。
橋本榮治氏は企画の総論で次のように発言している。
若い人たちは選択肢の多様化を求めているのだが、それにこの世代は応えられるかということだ。かつて大学紛争の結果、多様化の道を閉ざされ、各人が自己へ関心を向けざるを得ない道を選んだ(ある者は選ばされた)世代だからである。座談会で「団塊の世代について一言、言っておきますと、みんな結構、個人主義ですよ」との拙言はそのことを含んでいる。

折も折、朝日新聞夕刊の連載、「ニッポン人脈記」で「反逆の時を生きて」という、全共闘を取材したシリーズが始まった。「大逆事件残照」に続き、全共闘世代への郷愁あふれるタイトルはさすが朝日、という気もするが、それはさておき、冒頭に挙げた猪瀬氏の発言と、橋本氏の発言はとてもよく似ている。「団塊の世代」の自己評価なのだろう。



世代論、嫌いではない。そのためもあって、「同年代」とくくられる俳句作家の動きには、敏感でありたいと思っている。
1980年生まれの高柳克弘氏の第一句集『未踏』(ふらんす堂、2009年)を拝読。
白地の表紙に黒い影が一閃。流星なのか、鷹の翼なのか。ふらんす堂渾身の「天黒」、ひらいた標題紙のすかし、など。装丁、素敵です。

小川軽舟氏の丁寧な序文を読みながら、「すぐれた青春俳句」「和歌的なたおやかさ」とのキーワードを得る。これらはおおむね、いままで目にした作品から受けた印象と合致するもの。たとえば、第十九回俳句研究賞を受賞したときの、
 つまみたる夏蝶トランプの厚さ
 秋深し手品了りて紐は紐
 うみどりのみなましろなる帰省かな
といった代表句の印象を裏切らない。
寺山修司や三島由紀夫ならざる、現代を生きる、しかも自分と5歳も変わらない高柳克弘氏の詠と思うとこそばゆくなるが、それでもこれらはたまらなく佳い句だ。
受賞作品はほぼⅡ章に収められているが、掲載順も変わっており、またいくつかは除かれた句もあるようだ。(<大都会しやぼん玉吹くわれがゐる><毛のつきし獣の骨やさくら散る>など、結構印象的な句が見あたらなかった)(すみません、見落としていたらご教示下さい)

さて、読み進めていくうちにいろいろ面白い特徴があることに気づいた。すでに評判の句集であり(下記参照)、贅言を尽くすことになるが、ご容赦いただきたい。

まず、素材の偏向である。
よく指摘されるのは「蝶」や「羽」へのこだわり。
高山れおな氏によれば「蝶」の句は全三五七句中、二一句を数えるという。そのほかにも「劇」「本」などくりかえし詠まれる素材が多い。(以下、ローマ数字は章番号)
  蝶の昼読み了へし本死にたり  Ⅱ
  学生は学生の劇見て聖夜  Ⅱ
  本まぶし蟻より小さき字をならべ  Ⅲ
  十人とをらぬ劇団焚火せり  Ⅳ
  道をしへ鞄に本のぎつしりと  Ⅴ
おそらく作者の日常、嗜好を反映しているのだろう。「劇」に「踊り」「パントマイム」などを加えればさらに増える。
一方、「食」に関する句は、目立って少ない。「桃」「林檎」など果物は散見されるが、ほかに直接食べ物を詠んだ句はほとんど見あたらないようだ。これも言ってみれば「和歌的」だと言えるかもしれず、また坪内稔典氏ならば「俳句の雅化」と批判するかもしれない。
それにしても図書館の親しい利用者らしい作者の、
  図書館の知識のにほひ夜の秋  Ⅵ
はちょっとひどい。役人の作った図書館教育のキャッチフレーズのようで、あんまりだ。

小西甚一氏によれば、「雅」とは永遠の美、完璧な美を志向する芸術姿勢である。『未踏』には、圧倒的な永遠 ―過去、未来を問わず― への畏敬、傾倒が顕著である。
  ことごとく未踏なりけり冬の星  Ⅰ
  読みきれぬ古人のうたや雪解川  Ⅳ
  もののふの遺墨なりけり冬の海  Ⅴ

前掲<秋深し>、<蝶の昼>のように、「了」った世界も作者が親しむ世界である。
  やはらかくなりて噴水了りけり  Ⅰ
  噴水の了りし水の暮色かな  Ⅰ

そのほか、頻出するドガやランボオなどの人名。神話、文学作品の主人公たち、イカロス、キューピー、厨子王、アリス。過去を生きた先人たちへの真摯な畏敬は、すなわち彼らの「了」ったあとを生きているという強い自覚と表裏をなしている。
  地に落ちてしづかなる羽根日の盛  Ⅲ
  泉飲む馬や塚本邦雄死す  Ⅲ

<泉飲む>はもちろん塚本の<馬を洗はば>、<地に落ちて>は、おそらく富沢赤黄男の句を踏まえたものだろう。
作者の知識は広く、それゆえに知識の蓄積に囚われてしまっているように見える。
そんな作者の「青春詠」は、やわらかく、可憐で、しかし、、、どこか、作り物めいている。

薫り高い「雅」な世界も、嫌いではない。しかしそればかりでは飽きてしまう。同じ神話的な内容を詠んでいても、違うのは次のような句。
  大陸を沈めし海や春の鷹  Ⅵ
  亡びゆくあかるさを蟹走りけり  Ⅵ

ともに最終章から引いた。これらの句に見える明るさは、第一章で<未踏>の永遠にうちひしがれていた青年とは、同じ素材を扱っていても少し違う。
  キッチンにもんしろてふが落ちてゐる  Ⅵ
  六月や蝋人形のスターリン  Ⅵ

前掲の<図書館>のような句も含めて、素材や手法の拡充が試みられている。たとえば次のような、作者の生きた日常を感じさせる句もあらわれる。
  大暑なり高田馬場のラーメン屋  Ⅵ
  梟や生きゐて嵩む電気代  Ⅵ

すでに作者は「和語的なたおやかさ」にも「雅」な「青春俳句」にも回収されない、新しい俳句に挑んでいる。その「克己の営み」(あとがき)は、次にどう結実するだろうか。

結局、諸批評子と同じ結論に流れ着いてしまったらしい。
『未踏』は、その編年体の章立ても含めて、作者の表現史をかいま見せる句集であり、また「未踏の彼方」、第二句集を期待させる句集である。 最後に、すでに世評が高く本文で触れれきれなかった個人的に好きな句を挙げて、本稿を終えたい。
 
  一番星いちばん先に凍の中  Ⅰ
  まだ見えぬ家路や枇杷の花  Ⅱ
  秋冷や猫のあくびに牙さやか  Ⅳ
  文旦が家族のだれからも見ゆる  Ⅳ
  まつしろに花のごとくに蛆湧ける  Ⅴ
  祖の骨出るわでるわと野老掘  Ⅵ
  入れかはり立ちかはり蠅たかりけり  Ⅵ
  冬あをぞら花壇を荒らさないでください  Ⅵ



※『未踏』の批評は『週刊俳句』新刊俳句評判録でまとめられています。
http://weekly-haiku.blogspot.com/2009/07/2009-7-12.html

2009年7月7日火曜日

予定


尾形仂『座の文学』(講談社学術文庫)を読んでいます。
いままで、「俳諧」はよくわからなくて敬遠していたのですが、「座」とかに言及するなら最近少しずつ、やっぱりやらなくちゃいけないかなぁという気分になっています。
先行する俳句の「遺産」という意味では、一番豊饒なのはもちろん明治以前400年の俳諧文化なわけです。その意味では、芭蕉を学び直すということ、つまり芭蕉がなんでエライのか、芭蕉以外は本当にダメなのか、ということは自分自身で再検討しなくちゃいけないだろう、とは、思うのです。
子規の功績のひとつとして、「芭蕉」という絶対的カリスマをさしおいて、「蕪村」というカリスマを再評価したことがあります。「選択されなかった可能性」の可能性、とでもいえばいいでしょうか。よくわかりませんか、すみません。
とにかく、「新興俳句も前衛俳句もいつの間にか姿をけして花鳥諷詠だけが残った、だから花鳥諷詠が俳句の最良の選択肢だ」という論法は、いろんなものを取りこぼしている気がする。

先日、活字だとか座だとか、へりくつをひねくりまわしてみました。→曾呂利亭雑記: 読者、というやつ。

ただ、先日の議論は、自分自身の考えも満足に固まっていなかったのはむろんですが、きちんとした参考文献にのっとった議論ではなく、つまり文字通り自分で考えるための「ヒント」でしかないものでした。
特に「本当は近世も活字文化なんだけど…」ということは考えていたのですが、詳しくないので敢えて無視していたことは告白しなければなりません。近世の活字文化がいかに隆盛を極めていたか、その背後に俳諧ネットワークがいかに重要であったか、については、田中優子『江戸の想像力』(ちくま学芸文庫) であざやかに紹介されており、ご存じの方も多いはず。
しかし改めて尾形著を読んでいると芭蕉も「読む」文化の人だったことがよく分かりました。


・ 共同体の文芸である俳諧の成立にとっての必須の前提としての座。それは、しかし、一方では常に閉鎖的に傾き停滞に陥る危険性を伴うとともに、また、詩を座の中に埋没させる誘惑をも孕んでいる。
・ そもそも連句文芸には、連衆が寄り集まって創作を享受とをともにし、一座の興を楽しむ"座の文芸"としての性格と、できあがった一巻の作品を懐紙に浄書し、もしくは撰集に載せて鑑賞し批評する"書かれた文芸"としての性格との、二元的な性格が付随している。
・ "座の文芸"を"書かれた文芸"に定着させようと願った芭蕉の努力は、座の文脈を作品の文脈に転位することにかかっていたといっていい。
・ 一次・二次を含めての蕉門の座が
、芭蕉の高度の詩に共鳴し、それを支えた理由として、この時点にあっては、武士・町人が政治・経済の実験をになう階級を形成し、それとともにかなり高度の教養を備えるに至っていたこと、そして芭蕉の周囲に蝟集したのがある程度の財力を持った教養層であったことがまずあげられる。
                     前掲書尾形著より任意抜粋。

正岡子規が、集団創作である「連句俳諧」を否定しながら、句会という座、場は否定しなかったことはよく知られている。実際には先ほど言った「蕪村の再評価」も、ほかの俳諧宗匠たちのブームに乗っただけだ、という話もある(青木亮人氏の研究に拠る)。
新聞の投句欄を活用した子規も、漱石たち当時一級の知識人との「座」に支えられている。子規の改革、子規の改革というけれど、思ったより改革ではなかったかもしれないのだ。

しかし、子規の「改革」のあと、虚子、秋桜子、重信を経た現代の「座」は、俳諧の「座」と同質なのだろうか。元禄の「座」、明治の「座」、平成の「座」は、同じ用語であらわされるべきものなのだろうか。

上に述べたような自問自答は、もちろん、これまで多くの「俳人」たちが通ってきた思索の経路となんら変わることがないと思う。「俳人」たちの多くは、上のような疑問にとっくに答を出した人たちなのだろう。 (多くの俳人が、俳諧研究、明治研究に打ち込んでいることは周知のことだ) つまり、こんなありふれたこと、わざわざネット媒体で世界中に発信する必要はないのだ。それでも公開せざるをえないのは、私の甘えなのだが、要するに自分がこんなことを考えている、と共有していたいからで、つまりこれも「場」を求める行為に違いない。違いないのだが、それでもできるだけ個人的な問題ではなく、普遍的な問題と、普遍的な悪戦苦闘の記録、になれば、少しでも役に立つことはあるかもしれない。


で、甘えついでに今後の予定少々。
なぜか松山俳句甲子園まっさなかの8/7~9に、福島県まで合宿に行くことになりました。こちらは専門の関係で、エライ先生との研究合宿です。
で、その帰り、10日11日あたり、数日東京で寄り道するつもりです。おりしも国文学研究資料館で「百鬼夜行」展などやっているので、これは見に行かないと。

9/5の「船団・初秋の集い」には懇親会も含め必ず参加させていただくつもりです。パネラーの方々、実行部の方々、よろしくお願いします。

東京福島に来るなら俺の所に挨拶に来い、とか、関西まで行ってやるから相手しろとか、そういったお誘いにはできるだけ対応するつもりですので、よろしくご連絡ください。


※  7/7更新。7/8、(あまりにひどい)誤植を訂正。