2011年12月28日水曜日

『俳コレ』

『俳コレ』諸家二句ずつ。




乾電池ころころ回す涼しさよ  野口る理
バレンタインデイか海驢の手パタパタ


春はすぐそこだけどパスワードが違う  福田若之
盗み飲む牛乳は冷たいだろう


大きめの犬に嗅がれる遅日かな  小野あらた
海老フライの尻尾の積まれ小春かな


飽食の時代の鴨として浮けり  松本てふこ
春寒く陰部つるんとして裸像


トランクス履いてうろうろすれば夏  矢口晃
ワーキングプアコスモスは花を挙げ


猿はまだ火を使へざるしぐれかな  南十二国
たんぽぽに小さき虻ゐる頑張らう


とんかつを女におごる落葉かな  林雅樹
狐火に馬鹿と叫んで後悔す


ポストまで歩いてゆけば流れ星  太田うさぎ
寒波来るクーポン券の隅ちぎれ


うかつにも人の部分を蚊に刺され  山田露結
えんぴつ削り回しくらげの話など


幸福だこんなに汗が出るなんて  雪我狂流
狐の嫁入りに花びら迷ひ込む


ロボットのういんがしやんと花は葉に  齋藤朝比古
コロッケの泳ぐ大鍋春隣


炎天にハナヂと書かれると痛い  岡野泰輔
逃げればいいのだ椿も棒も夜のもの


立春の木を吐き魚を飲むからだ  山下つばさ
答ふるときマスクを頬の下にやる


崇徳院詣でのカラスアゲハかな  岡村知昭
あんだるしあ空瓶はこわれているか


なごり雪釦が穴をくぐる時  小林千史
野犬三頭あけぼの草を見てをれば


毛虫焼くとき美しき男の唇  渋川京子
さくら持ちたちまち人に戻りけり


闇鍋の底まで落ちてゆけるもの  阪西敦子
焼藷の大きな皮をはづしけり


箱庭の世のしづけさに堪へられぬ  津久井健之
ちょつといい豆腐を買つて木枯しへ


月の夜の卵の中で甲羅育つ  望月周
この踊り大飢饉より始まりぬ


ぶらんこに座つているよ滑瓢  谷口智行
見たぞ見たぞ船虫の隠れ食ひ


空蝉をたくさんつけてしづかな木  津川絵理子
朧夜の「父」と着信ありにけり


時間にも凪そのときの茄子の苗  依光陽子
アメリカの国旗を巻いて裸なり



2011年12月27日火曜日

俳コレからスピカ


「週刊俳句」プロデュース、『俳コレ』(邑書林、2011)を読んでいる。


『新撰21』、『超新撰21』に続く邑書林の新人アンソロジー第3弾、ということで、柳の下の泥鰌狙いか、と多少気構えしながら読み始めたところであった。


感想。

うん、悪くない。

いや、結構いいんじゃないか。

ぱっと読んで好き嫌いがあり、読み直すと、いろいろ発見があり、じわじわくる、佳さもある。

『新撰』シリーズのように年齢で区切ったわけではなく、10代から70代まで、しかし、これまで取りあげられる機会の少なかった作家たちが集められている。
その意味でやはり「新人」なのだが、年齢、地域、結社にはほとんどこだわりが見られず、
若手発掘、という大義名分を否応なく背負っていた『新撰』シリーズの緊張感がないぶん、
いい意味で、編集部のわがままな、私撰のアンソロジーとして受け取ることができる。
かといって個人の選ではないから作品のバラエティ、振れ幅も楽しむこともできる。

まぁ、単純に私がまとめて読みたかった作家が何人も収載されていた、ということもあるのだろうが。



本書と『新撰』シリーズとの違いは、「週刊俳句」の掲げる「読者」の立場が明確に出ているところだろう。
編集部の「はじめに」に、次のようにある。(抄出)



●本書は、十九歳から七十七歳(刊行時)の、比較的新しい作家の作品を集めた俳句アンソロジーです。
●入集作家の選定は「週刊俳句」編集部がおこないました。総合誌、年鑑等からピックアップした数十人におよぶ作家の作品を、結社誌等に当たって検討し「この人の作品をまとまった形で読みたい」と思われた作家に、入集を依頼しました。
●作品を他撰とした理由は「その方が面白くなりそうだったから」ということに尽きます。
●本書が、同時代の俳句の多面性を示すアンソロジーとなること。同時代の読者の潜在的欲求の中心に応える一書となること。それが、編集部として、自ら本書に課した主題です。


週刊俳句 Haiku Weekly: 『俳コレ』刊行のごあいさつ


自選でなく他選であること、また小論執筆も多くは選者が担当していること、これが本書の大きな特徴である。
また今回、作者略歴は各作品の末尾についており、生年、所属のほか[影響を受けた人][意識していること]が記されている。
前者には結社の先輩や師匠をあげる人もいるが、全然俳句と関係ない人名もあがっていたり、また[意識していること]もそれぞれバラバラ。
このあたりも『新撰』では作者の作句信条が各作品の扉についていたのに比べ、随分簡素というかドライというか、作品重視の編成である。

加えて巻末座談会の人数も多く(上田信治、関悦史、池田澄子、岸本尚毅、高柳克弘)(『新撰』は「編集部」=牙城氏?がいるのか)、これも読み手参入意識が見える。



改めて思うに、私が「週刊俳句」やspicaの人々に共感するのは、「詠む」だけでなく「読む」意識があるからだ。

ここで先日の記事 に関わってくるのだが、spica座談会ではその読者意識に触れながら、寸止めで議論が展開しなかったのが不満だった。

「女性俳句」「男性俳句」も、本来は作者自身の(実際の)セックスやジェンダーに回帰されるべき問題ではなく、今後は読者の側の、読みの切り口として捉え直されるべきなのである。

関悦史氏のいう、「B型九州出身俳句」も「O型俳句」も、読みの切り口として提示されているのであり、作者側で意識して作ってみよう、ということではないだろう。
女性性を意識して作句する作家は少なくなかろうが、血液型や星座を意識して作句する作家は、(いないとは言わないが)極めてマレだろうと思う。
(例:獅子座の作家が自己中心的、権力的な句を意識して作る、等。)

徳本の「男的一句」という試みも、本来そうした読みの実践として記憶されるべきなのであるが、残念ながら取材範囲がきわめて狭いため、達成度についてはまだまだというしかない。

しかし、いま現在、俳句の「辺境」から少しずつ「新しい波」が起こっているのだとすれば、それはネットを媒介とする「詠み」から「読み」への転向、本格的な「読み」の時代が来たことによるのではないか。

この「波」のなかで俳句甲子園出身者が目立つのは、むしろ当然である。
甲子園の形式は、俳句だけでなくディベート(鑑賞)が俳句に必須であること、を参加者に徹底する。
甲子園をスタートとして、その後も俳句に関わり続けている人々の共通点は、誰もみな、作るだけでなく読むこと、鑑賞することへの意識が高い。

その意識は「週刊俳句」などの姿勢と共通しており、そこに私自身も惹かれるのである。

2011年12月25日日曜日

男性俳句


spica特集の「男性俳句」の感想をまとめようとしたが、どうもうまくいかない。
さすがに年越しして引きずるのもどうか、と思うのでとりあえずメモ書き風に感想を書き付けておく。




内容は各所で紹介されているが、ざっとまとめておく。
まず本書は、神野紗希、江渡華子、野口る理、の三人によるユニットspicaの提供するもので、ウェブspicaの「書籍版」ということになる。
特集「男性俳句」として座談会2本、評論が4本エッセイ1本のほか、3人の作品や、「ふたりの鈴木」と題した鈴木しづ子、鈴木真砂女に関する文章(江渡、村越)、今田宗男氏(真砂女の孫)へのインタビュー、そのほかウェブ版からの転載記事など盛りだくさんの内容である。第1号、とあるから続刊もあるのだろう。

特集タイトルをはじめ聞いたときに咄嗟に想起したのは上野千鶴子の『男流文学論』(小倉千加子・富岡多惠子との共著、ちくま文庫で読める)で、正直なところ、一昔前のジェンダー論の再来か、と身構えてしまった。

もちろん実際にはそう単純なものではなかったのだが、結論から言うと、なぜあえて「男性俳句」というキーワードを打ち出したのか、私にはよくわからないままであった。



座談会1本目は、榮猿丸、関悦史、鴇田智哉、という実力派男性3人(SSTというユニットでも活動)をspica3人が迎えるもの。

座談会冒頭、もともと俳句は男性中心であったが現在では女性の方が積極的である、というよく聞く話題が展開され、「結社レベルでは、むしろ男性の方がマイナーな存在」「価値観は変わってないんだけど、状況は変わってる」(いずれも榮)という現状が確認されている。
そこで関悦史氏から『男流文学論』に言及があり、



 「男性俳句」という言葉自体が、ルサンチマンを持っているような。


と指摘され、結局「反語的」なものにすぎない、と指摘されている。

つまり、「女性俳句」というキーワードが無効化しつつある、というごく当たり前の現状認識があり、そのなかで反語的な「男性俳句」というキーワードを打ち出す違和感を、座談会出席者も覚えているのである。
特集全体に対する違和感は、ここに起因する。
カウンターは相手がいるから成立するのであり、何もないところにカウンターを用意しても何も起きないのは自明である。


このあと座談会は、



神野 こうして喋っていると、性別で語る限界を感じながら性別で語るというのは、不思議な感覚ですね。
野口 ……「そういう風に読みたい」っていう、読者の希望が関わってくるのかな、と思いました。その人が女性に求めるもの、男性に求めるものが現れてくるのかな。

と、読者論的な発展性をみせたところで終了に向かってしまい、


神野 「女性俳句」は、過去のそれとは違うものになっていくと思いますが、人々が俳句を読むときにストーリーや意味を求める心理は、これからもきっと変わらない。


という神野の総括があり、「女性俳句」も、俳句に物語性を取りこむパターンの一種にすぎない、と定義される。それをふまえて、


 今、物語という点では、正社員・フリーター俳句とか、そういうほうが女性は行くよりも美ビットかも知れない。……むしろ、B型九州出身俳句とか。O型の俳句は大雑把です、とか。
野口 結局、つまりは、カテゴライズはあんまり意味のないことだってことに収斂されてきちゃう。
神野 「女性俳句」もジャンルのひとつになるくらい、時代が変わったと言うことですね。みなさん、今日はどうもありがとうございました。

と締められてしまう。
これには、ちょっと待って、とツッコミたくなる。
今一番ホットなこのメンバー集めて座談会して、見えたのはそれだけだったの?そりゃない。
このメンバーなら、ここからスタート、でよかったでしょう?

もちろん座談会というものは面白くなりかけたところで終わるのが常であり、単純に時間の制約もあっただろうと思う。

しかし。
「時代が変わった」「カテゴライズには意味がない」なんて、冒頭からみんなわかってたことやないですか。



座談会のなかで興味深かったのは、男性俳句を選べ、という話題のなかで、榮猿丸氏が



 一滴の我一瀑を落ちにけり  相子智恵


をあげ、若手では唯一リアルな大景を詠める「男性的」な作者だと評したことである。

そういえば「関西俳句なう」では徳本和俊が毎週若手の中から「男的一句」を選ぶのに四苦八苦しており、「いまの若手は男性的じゃない!」と愚痴っているのをよく聞いている。
どうも原因は徳本の怠慢だけではないのかも知れず、「男性俳句」が機能しない、と言う事実を現代作家論として注目してよいのではないか。



読み直していくとほかにもいろいろ興味深い指摘はあったのだが、それでも結局の「不満」は残ったままだった。ひとまずそのことのみ、記録しておく。

ところで「男性俳句」という用語は比較的単純な反語(造語)なので、どこかの女性俳句特集で誰かが提唱していないだろうか、と思うのだが、まだ調べきれていない。
こちらは発見次第、報告することにしたい。



(未完)


 

2011年12月22日木曜日

雑談。

 
たとえ話として出すのも恐縮だが、御中虫さんの句集タイトルにもなった代表句のひとつ、

  おまへの倫理崩すためなら何度(なんぼ)でも車椅子奪ふぜ

に対して、過激で悪い意図があるように見える、とか、誤解を招くのではないか、というコメントを目にしたことがある。(まあ当然であろう)
おそらく世の中にはもっと批判的、排除的な意志をもって評する人もあろうと思うが、その時見たコメントはごく丁重なもので、ただ過激な表現で驚いた、といった至ってふつうの感想から発したものと思われた。(今もネット上で見ることができる)

批評でも鑑賞でもない単なるコメントなので別にとりあげる必要もないのだが、気になったのはその評のなかに、「本人が車椅子使用者ならば問題はない」云々の意見が見られたからである。

気分は、わかりますよ。
でもね。
ちゃいますやん、と思う。

本人が車椅子使用者であろうが、車椅子使用者の親族であろうが、逆に車椅子根絶主義者であろうが、作者が使用者ならばなぜ「問題がない」のであろうか。
本当に表現として人を傷つけ、発表することに大きな問題がある、と思うのであれば、それは使用者の詠であっても同じであろう。作者自身が使用者だからと言って、あるいは使用者に近い立場だからと言って、それで使用者全体を代表できるわけもない。
そもそも「車椅子使用者の詠」などと普遍化されてしまっては、作者の個性すら見ていないことになり、作者にも迷惑千万だろう。

掲句はもちろん「倫理崩す」句、過激で暴力的であることをウリにした句なので、生理的、心理的に好きな句ではない、あるいははっきり嫌いな句である、という意見も、当然ありうるだろう。俳句の佳さを、微温的なほほえましさ、心地よさ、にのみ求める人々から好まれないからといって、それは掲句の傷にはならない。

それはそれで、いいではないか。

たとえば句会に出た句ならイヤでも目につくとか、言及せざるをえないこともある。
あるいは評論家を志すのであれば、感情論ではなくその句のよい面、わるい面を評する必要もある。
でも、ただ俳句を楽しむだけなら、嫌いな句は素通りしておけばよろしかろう、と思う。
批評として書かれるならば相応の建設性もあるが、そもそも句を「おとしめる」ための批評というものに存在価値があるのかどうか、ちょっと疑問である。



話はかわるが、今年の紅白に出場する歌手のなかに、「猪苗代湖ズ」というバンドがある。
クリエーターの箭内道彦氏やサンボマスターの山口氏ら、福島県出身者で結成されたバンドで、今年の大震災をうけて「I love you & I need you ふくしま」を唄う姿がテレビでもよく取りあげられていた。
正直言ってこの歌、歌詞として新しみは感じられない。
しかしまぁ、この曲調で連呼される「I love you & I need you ふくしま」のメッセージはストレートでそれなりに感動的であり、聞いて元気になれる、という人も多いだろう。それはそれで、よいではないか、とも思うのである。

そして、J-POPには、これはこれでよい日常的楽しみを受け止める許容量があるのに対して、俳句や短歌、現代詩にそれがないとすれば、それは、現状商業ベースに乗っていないから、というのではなく、案外表現を貧しくしてしまうのではないか、とも思うのである。

もちろん、表現として新領域を開拓する、そういう表現者としての在り方は貴い。
また、読者としても、つねにそうした新しい表現に出会う期待を持っている。
しかし、一方でやはり、さまざまなレベルでの「読み方」「楽しみ方」を許容できない詩型に、果たして未来はあるのか、とも思うのである。


2011年12月14日水曜日

おひさしぶりです。。。

 
うう、いつの間にか前の記事から一ヶ月もあいてしまいました。。。

一度怠け癖がついてしまうとなかなか治らず、オフラインの仕事がいろいろ立て込んだせいもあって、書きたいことはあってもほったらかしに。それでも誰にも迷惑をかけないし誰にも怒られないというのが個人blogのよいところで、おかげさまで次第に無更新記録ばかりを絶賛更新中で、一周回って逆になんか楽しくなってきたところですが、さすがにこれでは公開の意味がありませんので、ちょっと心入れ替えます。

先日は「船団」の企画で、「俳句と動詞」というシンポジウムに参加。
国語学の金田一秀穂氏、森山卓郎氏に、坪内稔典氏、塩見恵介氏の四人がパネリストとなって「俳句と動詞」についてたっぷり話し合った。その経過はまた「船団」誌上で発表されるだろうから、詳細には触れません。
そのあとは「船団」忘年会。クラウンが登場したりして、大いに盛り上がりました。




さて、以下、記事予定表。



まず、「spica本」の特集「男性俳句」批評。
こちらはspica三姉妹から送っていただきました。本自体には私の句も掲載いただいているのですが、特集内容に関してはいろいろ言いたいことも。
褒め言葉は直接彼女たちに言えばいいので、こちらでは意識して厳しめに書きます。

彼女たちとは個人的には仲の良い友人(のつもり)ですし、尊敬すべき先輩・句友ですが、たぶん目指している俳句の方向性は違うでしょうし、批評の部分で馴れ合っててもしょうがない、と思うので、そこはまぁ容赦なく。



それから、不定期に続けている「若手批評家見取り図」。これと、これです。
明確ではありませんが、自分の中ではシリーズなんです、実は。
これまでとりあげたのは、関悦史氏、高柳克弘氏、青木亮人氏、外山一機氏、今泉康弘氏、富田拓也氏。
関氏、高柳氏は時評という括りで、青木氏、外山氏、今泉氏、富田氏は「俳句史の見直し」という括りで、まとめてみた。

私自身は批評家としてはまことに中途半端で、俳句に対する新見もないし、主張したい方向もまだ明確ではない。ただ発表される俳句の批評を見ていると、どうも玉石混淆であり、多くは感情的・情緒的に書いているだけで非建設的(に見える)。
批評の結論に賛成/反対は措いておいて、批評の手際というか力というか、論じるに足る批評家の顔ぶれ、注目すべき評論の方向性を把握する、というのは、自他のために損はならないだろう、と。
とりあげているのは先輩ばかりで非常に傲慢な企画ですが、実際には自分が批評を続けていくとしたら、この人たちのようなレベルで批評したい、という目標のようなもんですので、どうぞお気を悪くしないでいただきたい。
(とりあげてない方は気を悪くしていただいてもいいけれど、そこはまぁ所詮、私ひとりの好みですから)



そして、そういえばバックストロークの終刊。
縁あってこの一年は川柳人と多く知り合うことができました。小池さんによれば、



「バックストローク」は結社というより、全国に点在する川柳人のネットワークのようなものであった。雑誌は終刊したが、ネットワークは残っていると私は受け止めている。



ということ。私自身はまだ川柳のことはまったくわかっていませんが、バックストローク終刊に間に合った、というのも何かの機縁だと思うことにしています。この「よく似たお隣さん」への関心は継続していきたいと考えています。



ややこしい問題なのであまり触れたくはないのだが、見ていてもやもやするのが、震災と俳句とをめぐる一連の議論。

なぜもやもやするのか。
考えてみると、数週間前に読んだ坪内さんの文章のほうが、個人的にはすっきりしたからだろう。以下、2011年11月24日の「ねんてんの今日の一句」より。
自転する地球の上の冬銀河 尾池和夫」をとりあげながら、小野十三郎賞授賞式でのシンポジウムでの詩人たちの発言「3.11以後で世界が変わった、言葉も変わった」という論調に対して、坪内さんは批判的である。


彼らに限らず、3・11で日常が一変したという人が目立つが、そういう人って信用できないのではないか。そういう論調は淡路・阪神大震災の時も、太平洋戦争の開戦や敗戦時にもあったが、実際は変わらないものが多かった。むしろ、変わらない日常に立って冷静に大震災や原発事故を見つめるべきだ。そのように私は主張した。
あれ、これってどこかで見たことある……?
どこか、高浜虚子「戦争によって俳句は何も変わらなかった」を彷彿させますね。
実際には、虚子と坪内さんの俳句は全く印象が違うわけですが、こういう地平から物事を見ている。ただ、そこから坪内さんは「詩的」な飛躍を求めるのに対し、虚子にはそれがない。

ああ、これ、麒麟さんの俳句読みともつながってくるなぁ。



ほかにもいくつかあるんですが、明確に書きそうなのは、そんなところです。
予定表を発表して自分を鼓舞/追いつめてみる作戦。どうなるでしょうか。







2011年11月6日日曜日

ニュース

 
11月3日、例年どおり第8回鬼貫青春俳句大賞の公開選考会が行われ、大賞に見事、

山本たくや「タロウとシンペイ」

が選ばれました!
山本たくや氏は「関西俳句なう」などでもおなじみ、船団期待の若手です。
心よりおめでとうございます!


受賞のコメントでは、


僕は自分でいうのもなんですがマジメな生徒で、普段目立つことがないのですが、俳句では思い切り無茶して目立ちたい。
と語った山タク。
たしかに色々挑戦的な作家で、マンガ的俳句にも最も積極的に取り組んでいる作家の一人でもある。
まだ公式ページに告知がないので、受賞作に関する詳細は後日。


優秀賞には、
 二木千里 「毛づくろい」
 林田麻裕 「花笑むよ」
の2作品、今年新設の、FM伊丹開局15周年記念賞には、
 仮屋賢一 「交響曲第一番」
が決定!
仮屋くんは洛南出身の俳句甲子園組、二木さんは山タクと同じ仏教大学坪内ゼミ出身、林田さんも「船団」火箱さんの寺子屋出身生で、非常に近しいメンバーに受賞を独占した。

じつは最近関西では上田拓史、黒岩徳将を中心とする「ふらここ」メンバーが非常に精力的に活動しており、多くのメンバーはこの関係で知り合いになって、お互い研鑽しあっているのである。その活動の一端は「関西俳句なう」などでも知られるところだ。

特に黒岩くんの活動ぶりはめざましく、京阪神の句会の至る所に積極的に出没している。
仮屋くんは黒岩くんの高校の後輩、山タク、二木さんも黒岩くんから誘われて「ふらここ」に加わった。今、関西で一番活動的な若手が、黒岩くんなのである。
関西の若手のなかにも少しずつ波が起き始めているのであり、その中心に黒岩くんたち「ふらここ」がいる。力強い後輩たちの活動は、頼もしくもあり、脅威でもある。


ちなみに、そんな黒岩くんが中心となって、11月23日(祝日/水)に京都大学でイベントが開かれるらしい。

16時~、京都大学教育学部棟で、初心者向けの句会ライブを実践、とのこと。

学祭の一環で教育学部限定のイベントだということだが一般参加も構わないらしい。
残念ながら私は参加できそうにないが、都合の合う方は是非。




当日夜は、川柳の樋口由紀子さんと、関西に来訪されていた西村麒麟さんに合流。
樋口さんと麒麟さんはお昼から通天閣周辺で飲み歩いてこられたそうで、合流した頃にはすでにほろ酔い。そこから更に三時間以上、呑んで話して話して呑んで。川柳の話、俳句の話。おもしろい話からこわい話まで、いろんな話をしたはずなのだが、お酒にまぎれて何がなにやら。
いや、でもとても楽しかったです!また是非ご一緒しましょう!!

そこで聞いたちょっとびっくりのお知らせ。
「川柳バックストローク」が、次号を最後に終刊なんだそうで。
http://8418.teacup.com/akuru/bbs


うーむ、知りませんでした。
これから川柳の勉強をしていきたいと思っていたところなので、指針のひとつがなくなったのはちょっと痛いなー。

※11/9追記 この日のグダグダ模様については「きりんのへや」六大家って知ってっか?川柳の話だよ 「第6回 待ってましたの麻生路郎3」で語られております、ご覧下さい(^^;。




あ、スピカの「本」、もいただきました。
こちらもざっと一読しましたが、感想は後日。

 

2011年10月28日金曜日

それにしても。


当blogで9月に本読みHPブログ 俳諧ガールのための雑誌「Haine(ハイネ)」を話題にしたときには、まさかこんなにはやく実現するとは思わなかった。

さとうあやかとボク。 10/25

本誌HPのほうではもう来月号の宣伝に変わってしまったので佐藤文香氏のブログで代用しておく。

※訂正。よく見たら最新号(12月号)ではないですか。SPURのHPで目次が見られます。

まぁさすがに買うのはやめた。が、この手の雑誌にとりあげられる、というのは、やはりちょっと違う風がふいている気がする。


ていうか「しゅぷーる」て読むのか、知らなかった。




感想を書こう書こうと思って、結局10月に入ってからばたばたしすぎていてまったく書けなかった句集評。
もう今さら感もあるので、簡単に。

・山口優夢『残像』(角川学芸出版、2011)
濃縮還元、粒ぞろいである。
総数184句ということで、九年間の句をあつめたものとしては多くない。句集を読むときに私がもっとも期待するのは「バラエティ」なのだが、むしろこの句集ではぎゅっと詰まった感じ、意識して抽出された感じが伝わる。
もっとも典型的なのはすでに世評たかい次のような句か。

  あぢさゐはすべて残像ではないか
  台風や薬缶に頭蓋ほどの闇
  どこも夜水やうかんを切り分ける
『叙情なき世代』(邑書林)という評論集で自らの世代を規定しながら濃厚な叙情性をもち、濃密な肉体感覚とぼんやりした現実世界との懸隔をもてあましつつ、どうにか埋めようと言葉をつむいでいる。
一般的に、山口優夢とはそのような作家であると認識されているようだ。
ところで、上の三句はいずれも第一章「どこも夜」より。第二章「どれもあかるく」は、

  心臓はひかりを知らず雪解川
にはじまり、
  夢でせうはくれんだけの空なんて
  小鳥来る三億年の地層かな
  目の中を目薬まはるさくらかな
など。
彼のスタートともいうべき「小鳥来る」をあえて二章に配したことはもっと注目していいのではないか。
第二章に見られるのは上のようなシニカルかつウェットな気質だけではなく、目にうつる景色を楽天的に受け入れようとするポジティブさである。

  野遊びのつづきのやうに結婚す
  投函のたびにポストへ光入る
巻末二句の向日性、ことに角川俳句賞を受賞した、無季の一句を巻末に据えたところに、次へ展開する山口優夢の軌跡と方向性を見出したい。



・中本真人『庭燎』(ふらんす堂、2011)
中本さんの句については「週刊俳句」や「関西俳句なう」でも取りあげたことがある。
一口でいえば、ドライであけっぴろげなユーモア感覚。身も蓋もないというか、その風景をそう詠んで、それで作者はそれだけでいいの?みたいな。
  それらしき穴のすべてが蟻地獄
  落第の一人の異議もなく決まる
  ばつた跳ねガードレールをかんと打つ
作者の感情がほとんど読み取れない。読み取れないところに読者はひっかかり、思わずツッコミを入れたくなる。そこが面白い。
一方、序文で師・三村純也氏が指摘されているような方向性もまた、中本句の佳さだろうと思う。
  山茶花にあらずと椿落ちにけり
  御旅所にどつかり座り何もせず
  回送のバス涼しげに走り去る
物語が始まりそうで、なにも始まらない感じ。覚めた現実感覚。
決して印象に残るというほどではないにせよ、これらもまた俳句ならではのおかしさを持った句であり、散文では鑑賞しきれないところにその特質があるように思う。
いわば、なぜそれをわざわざ十七音の詩型におさめてみせたのか。その意図や感情が読みとりにくく、ただ定型で示される作品化、加工の手練だけが露出する、その面白さである。




・火箱ひろ『えんまさん』(編集工房ノア、2011)
火箱ひろとは何ものか、と思われた方にお答えしておくと、船団・紫野句会の幹事役である火箱游歩さんと同一人物である。「還暦を過ぎ句集を出す、この機会に、親からもらった名前に回帰し」ということだそうだ。同句集は第三句集。
  どこをどう行っているのだ夏至のバス
  天高くみんなで道を間違える
方向音痴気味の私は、バスに乗ったらもう見慣れた街もどこをどう進んでいるか見当がつかなくなることが多々。京都のバスは特に路線が多くてややこしい。しかし夏の盛りには夏の、秋空には秋の、方向音痴には方向音痴なりの楽しみがある。
  金魚A尾ひれの先にちょいと癖
金魚を見分ける手段など私にはまったくないのだが、「金魚A」という響きだけでいい。私の世代だと「少年A」なのだが、上の世代は「少女A」なのだろうなぁ。
  立て仔牛立つんだ仔牛月皓々
  爽やかや少年の抱く月球儀
  にんげんが消え村が消え月夜
友だち*秋」の章にまとめられた月をめぐる群作。火箱句のよさがよく出ている。
おもに取り合わせで既存の言い回しをもとに作られているが、この方向が教訓めいた説教臭さから離れると実に晴れやかな句になる。
「仔牛」へのエールと「月」の明るさ、「少年」「月」の透明性、「にんげんが消え」ていく物語性。最後の句はちょっと不気味だが、感傷が入り込みすぎないことで俯瞰的に歴史の流れを見るような、淡々と澄んだ心地になる。湿っぽさとは無縁で、しかし物事をきちんと見る公正な愛情深さなのである。
読後感のよさ、これも俳句を読む楽しみのひとつ。

 

2011年10月23日日曜日

外とか内とか

 
さて、それほど気になる言葉だっただろうか?

週刊俳句 Haiku Weekly: 〔週刊俳句時評47〕ユリイカ「現代俳句の新しい波」ふたつの印象…上田信治

「詩客」 七曜詩歌ラビリンス4

トゥゲッター 千野帽子氏の「帽子の中」

週刊俳句 Haiku Weekly: 〔週刊俳句時評49〕外気にさらされるということ…西丘伊吹

まぁ、実際に反応しているのは「俳句世間」の人々でも「俳句界隈」の人々でもなく、「週刊俳句界隈」の人々、といったところが現状だろうが、「外」という看板をさげて挑発的に風穴を開けようとする千野氏の活動はいたってまともなものであり、外と言っても実は中だ、などと自明のことをあげつらってもなんの意味もない。千野氏だってそんなことは百も承知のうえで使っているのだろうから。

もちろん千野氏の「俳句史」は氏個人の見解にもとづく「誤解」や、かなり一方的な評言が目立つ。
しかし、千野氏の文章は正確さよりもまさに「速さ」をこそ楽しむべきもの、という気がする。
それは作者自身がそのように規定し、断っているのだから、それ以上求めるのはナイモノネダリにしかなるまい。求める方向が違いすぎる。
千野氏は、とりあえず発信しかったのだろうし、事実、そのようにしている。

むしろ、千野氏のような立場からの紹介に対して、本当に過敏な反応を示しているのだとしたら、それこそ「俳句界」のナイーブすぎる、潔癖主義というか無菌主義というか内向き志向を露わにしているというべきだろう。
「外」からの視点は、多かれ少なかれ「誤解」や「幻想」に満ちていて当たり前であり、「外」に対して「誤解」や「幻想」を振りまいてお客を誘致しようというのも、どこにでもある話。
それでもその「誤解」と「幻想」をもとに「お客」が来てにぎわえば、その中に定住者が出てきたり、理解者が出てきたり、なかには原住民よりふかく理解してまた「外」へ紹介してくれる人が出てきたりして、いつの間にか「中」の風景も混じり合い、変わっていく。
よいではないか。

少なくとも私は自分が「俳句」に関係している自覚はあっても、自分の好きな「俳句」以外にも膨大で多種多様な「俳句」があることを知っている。
誰かが決めつける「俳句」に対して、別ルートを示すことはできても、公然とある俳句を否定する根拠を持っていない。
それは「俳句に似たもの」論争に対しても、そのように弁ずるしかない。

ツイッターその他を含めてフォローすれば、千野氏の好きな「俳句」は、基本的にオープンな「句会」形式で楽しむことが出来るものであり、またキーワードとして提示される「一発芸」的な、「速い」作品、ということになる。
(彌榮浩樹氏が指摘したキーワード「一挙性」「露呈性」などが想起される)
特に「句会」を「俳句」の重要要素とみるところなどは私自身の嗜好にも重なる。(*)
一方でそれ以外の俳句を否定的に述べる根拠を、今のところ私は持っていないのであり、おそらく私が「俳句」の歴史を論じるとすれば、やはり「関係者」らしい、総花的なものにならざるをえないだろう。


いろいろ刺激をもたらしてくれる、と言う意味で個人的に千野氏の文章は読み物として楽しめたし、ほかの記事にも見所は多かった。
結果、おおかたの反応としては、「俳句もようやくサブカルチャーになりましたか」と言って、自分の気に入った記事を丹念に読み返すのがよろしかろうと思う。
少なくとも、最近の俳句専門誌の特集よりも、はるかに広く、「文芸」一般に開かれた特集ではあっただろう。



ところで、先日いただいた句集のなかにもこんな表現。



俳句との関わりにおいて、そのケッペキさは、インサイダーにならないこととして、表現されている。本人からしたら当たり前以前のことだろうけれど、俳壇の人を一切ありがたらないし、うっかり俳人と呼ばれた一生の不覚と思うような人だ。

これは西原天気さんの句集『けむり』(西田書店、2011)に寄せられた上田信治氏の栞文。天気氏の人柄を評した部分で、ここにも「インサイダー(中の人)」という言葉が登場する。
この部分だけ引くのはフェアではないだろうから、もう少し引いておく。



インサイダーにならないというのは、その俳句の書きようにも言えることで、天気さんは、俳句プロパーの人の気に入るように書くということをしない。かといって、反○○というわけでもなく、つまり、俳句らしさの枠が、まったく出入り自由なものとして扱われている。



そういえば、BS大会では樋口由紀子さんが「内」「外」という語を使っておられたな、と思い出す。
「川柳時評」川柳が文芸になるとき


このときも「外」はともかく、「内」とはどこか、と言う問題はすこし議論になっていたかと記憶する。

「外へ広がっていく」「開いていく」みたいなキャッチフレーズは、私自身も使ってしまうことがあるが、こうも取りざたされるとその曖昧さが目に付いてくる。
少なくとも一度でも作品を他人の眼に触れる場で発表した人は、「中」ではないにせよ、「外」の人ではないだろう、とか、思うのだが。





* このあいだ神野さん、江渡さんにお目にかかったときにも話題になったが、このとき問題になるのは「句会」を離れて掲載される作品をどう読むか、ということである。俳句が「句会」のライブ感に支えられ、「句会をするのは飲み会のため」という千野氏の作品を「ユリイカ」という誌面で見る我々読者は、「飲み会」の楽しみがないわけであり、これをどう読むかは問題である。


2011年10月10日月曜日

ふーん


週刊俳句 Haiku Weekly: 〔週刊俳句時評47〕ユリイカ「現代俳句の新しい波」ふたつの印象…上田信治




印象2
千野さんは、正統的な文学とか芸術のジャッジにさらされない、南洋の楽園のような場所を求めているのかもしれない────
と思った。

いや、そこはふつうに入植地って言えばいいのかな。

「入植地」とはたしかに言い得て妙。
日本文化の一部だけをとりあげて「非西洋」の部分を強調し、「脱近代」につなげてしまう、結局それが「近代」≒「西洋」から見た特殊性にすぎないのだと気付かない、今日もどこかでだれかが主張するゆがんだ日本文化論。

千野さんの議論が、「文学」帝国から見た「外野意見」というポーズを強調しすぎて、そんな空気を漂わせているという指摘。うん、たしかに言われてみれば。

要するに、裏返しの(好意的な)「第二芸術論」ということ、ですかね。

そこで考えてみる。なぜ、私は一読で気付かなかったのだろうか。
あるいはこう考える。なぜ、私は一読で不快感を抱かなかったのだろうか。


「外の人」の過剰なアピールは、「拒絶」というより「エクスキューズ」だと受け取った。
入り口でうろうろしているから深層までは踏み込みません、でも入り口の面白さはよく知っていますよ、という。
そのあたりが、「書評家」ぽい、と思った理由ではなかろうか。
あくまで紹介。深層ふかく切り込む探求者ではなく、論考をひねり出す専門家でもない。
俳句の入り口は、私はどんなに低く宣伝してもらっても構わないと思っている。
楽器の一つも扱えず小学校から音楽や芸術は赤点スレスレだった私にとって、俳句はリコーダーより簡単であり、絵を描くよりも準備がいらず、書道よりも容易に「それっぽく」書ける。





要するにたぶん、私も俳句を「第二芸術」だと思っているのだ。
俳句は「遊び」だと思うし、間違いなく「俳句は誰にでも書ける」と思っている。

ただし、それだけでもないのである。
ほかの、一般人が「遊び」でしかないもので、凄い境地に切り込んでしまう、それはつまり「感動」とか「驚異」とか、あるいは「共感」でもいいかもしれないが、そういうところまで至ってしまうことはありうるのであって、間違いなく「俳句」にはその力がある。
もっともそういうことは「遊び」一般に言えるだろうことで、ことさら「俳句」が文学(文芸)かどうか、とは関係がないと思う。

「誰にでも書ける」とアピールされて、入り口がどんどん広く低くなったとしても、それはそれでいい。初心者が偶然至ってしまう面白さもあるし、生涯かけてあがいたって敵わない俳句もたくさんある。どちらも凄さをわかってくれる人が増えるなら心強い。
逆に分母が大きくなって、それで価値が揺らぐ俳句だけなら、それだけのことだ。時代に応じて、また別の俳句が評価されていくだろう。
俳句が、そういう動き続ける存在であってよい、というのは、これは「中の人」らしからぬ、ということになるのだろうか。

※追記。
要するに言いたいことは、
 俳句は誰にでも書ける。
  でも、誰にも書けなかった俳句、もある。

ということ。
これ、ごく当たり前のことですよね?

2011年10月7日金曜日

告知もろもろ

 
小西昭夫編集長の「子規新報」2巻33号(2011.09.30)に掲載していただきました。

「次代 を担う俳人たち」という欄で、懇切な記事を掲載くださっております。
小西編集長、ありがとうございます!

あ、ひとつだけ訂正。
記事のなかで私が「俳句甲子園」ボランティアスタッフとして参加、とありますが、私は一般観客でした。
まぁ出身生でスタッフにも顔なじみが多いので、勘違いされることは多いです。
たいしたことではありませんが、内情知ってる方はちょっと違和感をもつかもしれませんので、念のため。


「子規新報」購入/講読は創風社出版さんへ!




もうひとつ、告知。


朝日新聞東京版の夕刊「あるきだす言葉たち」に、拙作15句を掲載いただける予定です。
掲載は来週11日(火)です。

残念ながら関西では見られませんが、東京の方、見てくださればありがたく存じます。


ちなみにこのふたつのお仕事は、ともに松山へ遊びに行ったのが縁でうけたもの。
ひとつは池田澄子さんの講演会で、
もうひとつは松山俳句甲子園。



どちらも自分が楽しくて動いていたら、思いがけず人と行き会い、つながった。


先日、川柳BS大会で畑美樹さんが、

「川柳は動いている。特に自分が川柳を始めた時代は、川柳が自己のアイデンティティを問われ、動き続けていた時だった。そんな時代に川柳に出会ったので川柳をおもしろく感じた」

といった趣旨のことをおっしゃっていた。
ある文芸のシーンが「動く」という感覚、程度はあれその熱の最中は、どんなジャンルでもそんな感覚があったのではないか。

そして今。
俳句には、「ユリイカ」で特集されるような「新しい波」が起こりつつ、ある。

2011年9月27日火曜日

ユリイカ

 
現代詩の雑誌、といえばいいのか、『ユリイカ 詩と批評』(青土社)の10月号を購入。

特集「現代俳句の新しい波」。

千野帽子、堀本裕樹、川上弘美、各氏の鼎談、
池田澄子氏へ佐藤文香が迫るインタビュー、
角川春樹氏の語る「魂の一行詩」、
高柳克弘、神野紗希、山口優夢、佐藤文香、長嶋有、せきしろ、又吉直樹(ピース)、山口一郎(サカナクション)、ほかの作品、
池内紀、青木亮人、佐藤雄一、高柳克弘、神野紗希ほかの論考、

などなど、盛りだくさん。

俳句専門誌以外でここまで俳句が特集される、というのはとても珍しいことのように思います。
普段「俳句」誌などではお目にかかれない感じの「外」へ向かうアピールがあって、そういう意味ではとても面白い。
基調としては千野氏、堀本氏、長嶋氏らの「東京マッハ!」が流れているようですが、川上弘美氏が入っているのが個人的には嬉しいし、青木氏らの硬質な論考が専門誌以外で読めるのも『ユリイカ』ならでは。

千野氏も指摘しているとおり、俳句実作者の書く俳句紹介の文章というのは、なんだかんだ言っても「内(俳句界)」の目を気にするというか、従うにせよ反発するにせよ、「中」の人のプライドとして「外」に向かって変なことは書けない、という意識は出るだろう。それはどの業界でも、専門家というのはそういうもんだろう、と思う。
千野氏がまったく「外」の人か、というともちろんそうではなく、しきりと「外の人」を自称し、自分の意見を「誤解」「個人的見解」と限定されるのは実は「俳壇」へのエクスキューズなんだろうな、とは思う。しかし、実作者、専門家の人たちの書く文章とは微妙に強調のポイントが違っていて、つまり、それが「外の言語」ということなのだろう。

鼎談の中では川上氏が



ただ、反対にちょっと言うと、それが楽しくあるためには、文法が間違っていないとか季語がなんとなく分かってるとか最低限のルールはおさえておく必要があるよね。ルールがないのは、楽なようでいて、実は面白くない。
と発言されている。たぶん、「中」の人は「外」を排除するつもりはなくても「最低限のルール」を守りたい、と思っているところがある。だから往々にして「ルール」を強調してしまい、結局いずこも同じ秋の暮、よくある「俳句入門書」になってしまう、のではないか。

千野氏や、池内氏らの文章ではそのあたりが違っていて、本当に「面白い作品」「面白いエピソード」を前面に推して紹介する、いわば書評家的なスタンスに見える。

論考篇では、ツイッター界隈で見かけるお名前が多く、ツイッターでちらほら見た内容が反映されていたりする。このようにツイッターから文章へ、媒体変わって残っていく、というのはとてもいいことだと思う。結局ネットの情報は「流れていく」から、やはり「論考」は文章で読みたい。
ところで、まったく俳句と関係ないところで研究会をご一緒している先生の名前が入っていたのがびっくり。内容的にも俳句と関係なくて……うーん、なんでこれが特集に入ったんだろう?



それにしても、なんというか、「外」というくくりで、角川春樹と池田澄子が並ぶ図、というのは、たぶん「俳句」の文脈からいうとありえなくて、しかもどちらも無季俳句に言及している辺り、読み合わせるとなかなか趣深い。
春樹氏の力強くも独断的な発言の数々は、面白いけれど額面通りに受け取れず、しかしなかなか考えさせるものがある。賛成するつもりはないし、我利我利で無根拠であきれかえるようなものも含めて、しかしいくつか印象的な発言を。



いまではかつて前衛だった金子兜太さんでさえほぼ有季定型になっているわけです。


二〇〇以上にもなる結社誌に載っているどの作品を読んでみても突き刺さってくるものが何もない。


ほぼ九〇パーセントの句にとっては季語が命ですよ、それは事実だけども、季語が入りようのないものにも無理矢理季語を入れなければならないというのはおかしい。


ほかの伝統結社には有季定型も含めてこれはしちゃいけない、あれはしちゃいけないというルールが一〇〇以上はあるんですよ、


中上健次も「人間の命と魂を詠わない限り、それは詩歌ではない」とーわたしの影響がかなりあるんだけどもー断言している。


いまの俳句はわたしを覗けば一〇〇パーセント近くは俳壇にしか目が向いてない。


誰かの詩とわたしの作品を二つ並べて、一般の詩の好きな人でもいいし、読書人でもいい、一〇人いてどちらを選ぶかと言ったら、一〇人が一〇人わたしの詩を選びますよ。


2011年9月25日日曜日

俳句ぽさって説明しにくい


更新さぼってました、すみません。

思うところはいろいろあるのですが、なんとなく気乗りしないうちにどんどん日数が。こんなblogでも見てくださっている皆さんには申し訳ない限りです。

サボっていると如実に出るのが閲覧(アクセス)数の減り方。
逆に、たまにハネ上がるときがあって、それはたいてい、どこかのblogかTwitterでとりあげられたときである。
最近だと、9月10日にアクセスが増加していて、ふじみん(俳号:藤実)さんのblogでとりあげていただいていた。→そろそろそぞろ歩き:秘密という密


ここでは千野帽子氏の発言と拙文とをからめて話題にしていただいたが、記事を書いた時点では千野氏の発言については知らなかった。



俳句はおもしろいのに、その具体的なおもしろさが、俳句の世界の外にいる私のような一般人にはなかなか聞こえてこない構造になっています。俳句の世界の人は俳句のおもしろさを秘密にしすぎでしょ。
千野氏が「外」の人なのかどうか、とか、細かいところは抜きにして、俳句の面白さをもっと「外」に知って貰いたい、という私自身の立場としては、千野氏の発言にはまったく賛同する。
しかし冷静に考えてみると俳句の「おもしろさ」を「伝える」動きというのは業界ではすさまじい勢いで行われているわけで、それぞれの立場でそれぞれ行われているものだから大型書店の俳句コーナーだとか各種文化講座だとか、世の中に「初心者向け」の「俳句入門」はあふれかえっている。
もちろん、私としてはそうした講座で伝えられる「おもしろさ」以上の「おもしろさ」がある、と思うのだが、それも特殊なものではなく、たとえば小林恭二、坪内稔典、夏井いつき、といった諸氏によって紹介の努力がされている。
決して、「秘密」にされているわけではないのである。(むろんこれらはあくまで入り口であって奥にはもっといろんな「おもしろさ」があるのだが)。
それでも「俳句」が「秘密」に見えるとしたら、それは何なのだろう。

明らかに現代詩よりも短歌よりも、場合によっては一部の小説よりも膨大な「俳句人口」を抱えながら、それでも「俳句」が卑屈に「内向き」の文芸であり続けている、あるいはそのようなイメージで捉えられている、とすれば、それは何が原因なのだろう。
あるいは、これほど各結社が汗水垂らしても伝えられない俳句のおもしろさって、どうすれば説明できるのだろう。



と、おそらくそんなところに引っかかるのは、最近「川柳」というお隣さんのことを知ったせいでもある。
実は先日、名古屋で川柳のバックストローク大会にお邪魔してきた。

大会の第一部、シンポジウム「川柳が文芸になるとき」に関しては、ぼんやりしている間にふたつも緻密なレポートが出ているので参考にしていただきたい。
週刊「川柳時評」:川柳が文芸になるとき
週刊俳句 Haiku Weekly: 名古屋座談会印象記 野口 裕

当日、パネラーの湊さんがしきりとくり返していたのが、「川柳はインフラ整備が不充分だ」ということである。
確かに、ちょっと川柳作品を読んでみたいと思っても、なかなかいい本がない、と思う。
私はもともと不精な性質なので、俳句にしても個人句集よりもアンソロジーばかり読んでいるが、川柳はその手法が効かないので困っている。
大部なものは西村麒麟さんが紹介している東野大八『川柳の群像 明治大正昭和の川柳作家一〇〇人』(集英社、2004)があるが、作家紹介がメインなので引かれる作品が少ない。
ほかに『現代川柳の精鋭たち』(北宋社、2000)などを買ってみたが、なにしろ「21世紀へ」と副題があるくらいで、「昭和二桁生まれの作家を対象」(それも凄い括りだが)とした28人なのでおのずから限りがある。
ちなみに両書をあわせても、もっとも有名な川柳作家の一人と思われる時実新子や、善し悪しはあっても有名なやすみりえ、俳句界にはなじみ深い大西泰世、といった名前が入集していないのであり、とても全体を俯瞰するには足りない。

とすると、さしあたって管見のかぎりでは『セレクション柳論』(邑書林、2009)、樋口由紀子『川柳×薔薇』(ふらんす堂、2011)の二書を参考に、地道に一冊ずつ句集を探すしかないことになる。

最近、俳句を、もっとも俳句らしく見せている「俳句っぽさ」とは何か、と考えている。
少なくとも「俳句」に関しては、各種の手引き書やアンソロジーを入り口に、少しずつ奥へ分け入り、「俳句のおもしろさ」の正体を追って行ければ、少なくとも「どこか」へは至るだろう、という予測がたつ。
ところが、川柳にはそれがない。私がズブの初心者だからそう特にそう思うのだろうが、果たして川柳の「川柳っぽさ」は、どこに求められるのだろうか。



そのようなこととはほとんど関わりなく、俳句愛好者としての私にとってはとても面白く読める若手の句集が二冊。

中本真人『庭燎』(ふらんす堂)。

山口優夢『残像』(角川学芸出版)。

ともに『新撰21』(邑書林)に掲載された若手二人が、数年を経ずして、出版社も違うところから句集が出版される。同世代のパワーを感じて、それだけでも嬉しい。
もちろん、内容も面白い。
正直、論評したくないくらいで、たぶん、更新頻度が落ちたのもそのせいである。

厳選されているためだろう。
それぞれの作者のキャリアからすれば、掲載作品は決して多くない。そのぶん濃厚な部分が凝縮されていて、味わいは違うが、作者のカラーを堪能できる句集に仕上がっている。
それぞれの作品については、すでに名鑑賞がそろっているので贅言を尽くすことは避ける。
配列や句風の変化についてすこし考えたことがあるが、別稿に譲り、以下、それぞれ三句ずつあげるにとどめる。

『庭燎』
 傀儡のぺたりと倒れすぐ起きる
 落第の一人の異議もなく決まる
 ニュースにもならずだらだら祭果つ

『残像』
 どこも夜水やうかんを切り分ける
 目の中を目薬まはるさくらかな
 野遊びのつづきのやうに結婚す



でも、この二冊のおもしろさは「外」の人にはちょっと紹介しにくいかなぁ・・・。
 

2011年9月13日火曜日

鬼貫 & 淡路

↓ ↓ ひきつづき、やっております。ご覧下さい ↓ ↓

曾呂利亭雑記: 頒布のお知らせ


 

今年も募集が始まっておりました。
10月6日〆切とのことです。

(財)柿衛文庫HPより。


芭蕉とほぼ同じ時代を生きた上島鬼貫は、10代から盛んに俳句を作り、自由活発な伊丹風の俳句をリードしました。
柿衞文庫では、開館20年を機に今日の若い俳人の登竜門となるべく「鬼貫青春俳句大賞」を2004年から設けました。

●募集要項● 
☆応募規定・・・俳句30句(新聞、雑誌などに公表されていない作品) 

☆応募資格・・・15歳以上30歳未満の方(応募締切の10月6日時点) 

☆応募方法 
 ● 作品はA4用紙1枚にパソコンで縦書きにしてください。 
 ● 文字の大きさは、12~15ポイント。 
 ● 最初に題名、作者名、フリガナを書き、1行空けて30句を書く。 
  末尾に本名、フリガナ、生年月日、郵便番号、住所、電話番号を書く。 
 ● 郵送またはFAXで下記まで。  
※ 応募作品の返却には応じません。また、応募作品の到着については、必ずご確認くださいますようお願いいたします。    
  財団法人 柿衞文庫(ざいだんほうじん かきもりぶんこ)   
  〒664-0895 伊丹市宮ノ前2-5-20 
  電話/072-782-0244  FAX/072-781-9090 

☆応募締切・・・2011年10月6日(木)必着 

☆選考・表彰・・・2011年11月3日(木・祝) 午後2時~5時
      於 柿衞文庫 講座室(兵庫県伊丹市宮ノ前2-5-20)  

● 下記選考委員(敬称略)による公開選考[どなたでもご参加いただけます。]
     稲畑廣太郎(「ホトトギス」副主宰)
     山本純子(詩人)
     坪内稔典(柿衞文庫也雲軒塾頭)
     岡田 麗(柿衞文庫副館長)
     (社)伊丹青年会議所
             以上 5名(予定) 
 
● 賞
  大賞1名〔賞状、副賞(5万円の旅行券)、記念品〕
  優秀賞若干名〔賞状、副賞(1万円の旅行券)、記念品〕
  エフエムいたみ開局15周年特別賞1名(賞状、副賞)

主催 財団法人
柿衞文庫、也雲軒共催 伊丹市、伊丹市教育委員会後援 伊丹商工会議所、伊丹青年会議所協賛 エフエムいたみ(伊丹コミュニティ放送株式会社)




あ、ついでにこちらも興味ある方はどうぞ。
江渡華子&神野紗希の「バイクで俳句」、第二弾です。詳細は
こちら



ねらい:四国八十八か所一番札所霊山寺を振り出しとして、三番札所金泉寺までを巡りながら吟行し、体験から紡ぎだされた言葉(俳句)の向こう側にある想いをさぐるワークショップを開き、言葉の生まれる瞬間を共有する。
日 時:平成23年10月8日(土)~10月10日(月)
場 所:国立淡路青少年交流の家
対 象:高校生、大学生、一般
人 数:20名(先着順)
費 用:4,000円※情報交換会に参加される方は別途1,500円を徴収します。
(20 歳未満の方は1,000 円を徴収します)
募集期間:平成23年9月12日(月)~9月25日(日)※募集定員に達し次第締め切ります

お問い合わせ 国立淡路青少年交流の家
〒656-0543 兵庫県南あわじ市阿万塩屋町757-39
TEL:0799-55-2696
FAX:0799-55-0463
H P:http://awaji.niye.go.jp/



2011年9月8日木曜日

俳句の楽しみ。


笑った。
 
本読みHPブログ 俳諧ガールのための雑誌「Haine(ハイネ)」


こーゆー一発ネタに反応するのはツイッターのほうが便利なんやなー、と思いつつ、敢えてのブログ投稿。
spicaもちょっとオシャレな感じで、俳句に興味なくても文系女子にアピールする力は充分あると思いますが、なるほどフリーペーパーか。黛まどか氏の『ヘップバーン』がちょっとその方向だったんでしょうけど、いっそ突き抜けてるならこっちのほうがいいか。

さすがに「男子」ネタは難しかろうと思われ、「女子」という言葉の力を改めて思わせる。
男なら「男子」をターゲットにするより、「Haine」読者にモテるような「オヤジ」を作るほうが、たぶんてっとりばやい。やっぱり吉田類氏山田真砂年氏推しで、中高年狙いの若い女性が句会に集まるような。……あれ、ふつうの句会と変わらないか(それはそれで問題アリ)

ちなみに、以前紹介したこともあるが、この人のやってるオタク俳句というのも結構面白いので、こちらも引き続きウォッチしていきたい。




「俳句」の枠を広げていきたい、ということを、よく言う。
広げて、もっと「俳句」をいろんな角度から楽しむ人がいてよい、と思う。


私の場合、俳句を読むときの楽しみは二つある。
これは、俳句に関わり続けている理由とほぼ同義である。


一つは、言うまでもなく今まで見たことの無いような俳句に出会う期待。
俳句表現史の「変わる」瞬間に立ち会えるのではないか、俳句進化の現場に行き会えるのではないか、という期待である。
こちらはまあ、めったと味わえるものではないが、それでも句集を読んだり、句会の最中に何か可能性を感じることはあって、 この方向に俳句が転がったらどうなってしまうのだろうか、と不安と期待でワクワクするようなことがある。
それが自句であれば言うことはないが、自句でなくとも同時代的に出会えるのであれば、そんな幸福なことはない。私は、いつか俳句史の転換期の「当事者」になりたいのである。

もう一つは、もっとハードルの低い「ちょっといい句」に出会う喜びである。俳句史に刻まれるような句ではなくとも、句会に出て、一句に出会えれば嬉しい。
取り合わせの強引さに笑ってしまう句がある(きっと時間切れだったのだ)。既視感もあるがきれいにできあがっている句というのもある(熟練の技である)。あざとすぎて笑ってしまうような句、定型音律に載せただけで口ずさみたくなる句、いろいろな句がある。
ときどき、俳句なのかそうでないのか、何がいいのかよくわからない、という句もある。よくわからないが、目にとまる、耳に残るから「いい」というような、そういう句である。
正直なところ良い句とも思えないが、作者を重ねるとなんだかほっこりする、そういう句だってある。作者を聞いてギャップに驚いて、それで覚えてしまう句、というのもある。

文字通り、句会ごとに消費されていく句である。
コミュニケーション手段としての俳句である。
桑原武夫が勝ち誇って、「そういうのはフランスでは芸術と言わないんだよ!」とか言い出しそうな、そういう句である。
ところがそういう句に出会えるのが面白くて、なんとなく句会へ出掛けてしまう。
それも俳句の楽しみである。

俳句に両面があることは、すでに多くの人間が気付いているだろうが、果たしてこの両面は、表と裏のような相反する関係だろうか。あるいは+と-のような、異なる二つのベクトルなのだろうか。それともまた、前者を頂点とするピラミッドのような上下関係にあるのだろうか。
おそらく違うと思うのだが、まぁ説明モデルがうまくできたからといって本質が究明できるかどうかは別問題なので(つまり「巧く言ったった」かどうかだけなので)、深入りはしない。




あ、関西俳句なう 第14回俳句甲子園特集もよろしくお願いします。


2011年9月7日水曜日

頒布のお知らせ


唐突ですが。
家の関係で誓子関係の本の在庫が結構たくさんありますので、この場で頒布のお知らせをさせていただきます。

対象品は、

・山口誓子『自作案内』(増岡書店、1953)

・遺句集『新撰 大洋』(思文閣出版)

・『天狼』終刊号(47巻1号)

・『山口波津女全句集』(本阿弥書店)

です。
送料のみ(着払い)でお譲りいたします。
各5冊まで、先着順とさせていただきます。
必要な書名、冊数と、住所、連絡先をお知らせください。

連絡先:nurarihyon85@ほっとめーる.com(平仮名を変換してお送りください)
(在庫状況など、個人的に久留島連絡先をご存知の方は問い合わせていただいて構いません)
 

2011年8月30日火曜日

連載終了、特集開始


8月いっぱい続けていた、spicaの連載が、本日深夜の更新をもってめでたく完走、終了です。
spica 「平成狂句百鬼夜行」久留島元

結局、俳句には帰ってこられないまま、妖怪談義で一ヶ月終えてしまいました。
個人的には「妖怪」「俳句」ともに見直す機会をいただいて、とてもありがたく楽しく、かつせわしなく(^^;)過ごさせてもらったのですが、閲覧者にはつくづく不親切なコーナーだったなぁと。読んでくださった方々と、spica運営各位には腹の底からお礼申し上げます。
お付き合い、ありがとうございました。
一ヶ月、貴重な誌面を占拠させてもらいましたが、これでめでたくお役御免、来月は閲覧者に戻り「次は誰か?」を楽しみにしたいと思います。

一ヶ月の連載最終日、衝撃のラストを見逃すな(違)。



そんなことはさておき、spicaでは、先週末東京で行われた、ふらんす堂のイベントについてのレポートも掲載されています。
シリーズ自句自解ベスト100大好評 池田澄子最新句集『拝復』刊行W記念イベント


池田さんの句集『拝復』と、池田さん含む『自句自解ベスト100』シリーズの、発売好評を祝してのイベントだそうです。
関西からも「ふらここ句会」黒岩くんが参加したようで、若手の多い活気のあるイベントになった模様。


しかし、写真の越智と優夢がネタすぎる。。。ギャップ萎え。。。。






気を取り直して。
9月から「関西俳句なう」では、第14回俳句甲子園特集を組みます。



特集 第14回俳句甲子園~ことばの力・リベンジ~ 9月1日よりスタート!!

今年8月20日、21日に開催された、第14回・松山俳句甲子園。9月の「関西俳句なう」では今年の俳句甲子園を、独自の視点でふり返ります。俳句甲子園は、五七五の俳句と、ディベートを組み合わせた言葉のスポーツ。しかし、試合は試合、あとに残っているのは作品です。当日の試合とはひと味違った切り口から、今を生きる高校生たちの作品に向き合ってみたいと思います。


関西俳句なう

試合結果とは関係なく、おもしろいと思った句をとりあげていきますので、ご注目ください。

イベントとしての俳句甲子園は充分知っているつもりですが、俳句甲子園の魅力とは別に、一句ずつに向き合っていければ、と思っております。
 

2011年8月28日日曜日

俳句甲子園のことなど。


第14回俳句甲子園行ってきました。
20日の午後に着いて大街道の準々決勝を観戦、翌21日は朝から決勝を堪能しました。生の俳句甲子園観戦は、伊木の優勝以来かと思いますから、かれこれ7年ぶり(!)になります。
いやぁ年取るもんですね。。。(追記。そういえば卒業した伊木と一緒に見た記憶があるな……第8回に行ったとすれば6年ぶりか。あまり変わりませんが。)

詳細は、公式HPでも結果がアップされていますし、各種報道機関、あるいは「spica あつまる」でも神野さんが写真入りで速報されているのはご承知の通り。

また、本日付で「週刊俳句」にも、俳句甲子園見聞記 野口裕がアップ。
実は野口さんとは松山まで往復のバスがまったく同じでした(^^;。
帰りのバスで、野口さんがしきりとメモをとっておられるなぁ、と思ったら、この観戦リポート。うーん、仕事が速い。

内容としては準決勝の松山東vs開成の試合について、実作と鑑賞のバランス、ディベートがからむ甲子園形式へ評価の難しさに触れつつ、客観的なリポート。

高校生の発達段階から見ると、ディベートに耐え得るだけのコミュニケーション能力を持つ層は限られるだろう。したがって、俳句甲子園に集まる高校生たちの層が偏ってくることは、今後あり得るかも知れない。だが、おそらく、俳句の入り口としてこれより優れた形式はないに違いない。末永く続いてほしいイベントではある。
自らも高校教師であるだけに、観戦中も「コンテストの功罪」について口になさっていましたが、レポート中盤で開成のディベートを分析する手際はさすがです。開成の「うまさ」が具体的によく分かります。

正直なところディベートの手法自体は、私の知っている頃とあまり変わらない印象でした。審査委員長・高野ムツオさんは「近年希な好勝負!」と昂奮されてまして、うーん、リップサービスもあるんだろうなぁとは思いつつ。もちろん洗練度というか、全体のレベルは向上しているのですが、相手のコメントを引き出しつつ自分のフィールドに持ち込むとか、笑いを取りつつ添削していく過程とか、懐かしいな、という感じ。

審査委員長の正木ゆう子さんが最後の挨拶でおっしゃっていましたが、ディベートに関してはもう一歩、別の展開がありそうな気がする。それが何か、具体的にはわからないですが。
野口さんのレポートは、現段階の完成形ともいえる開成ディベートの特徴が実によくわかります。これを参考に、新たな局面を考えられるとおもしろい。誰か、一緒に研究しませんか。



さて、今回出場常連校にはいくつか見覚えがありますが、当然ながら出場選手はまったく面識なし。どこの応援というわけではなく、あちこちを観戦してまわることができました。
それよりも引率の先生方や、スタッフのなかに懐かしい顔がたくさんあって、テンションだだ上がり。もう何年も会っていない人たちなのに、同じように松山で会えて、同じように会話を交わすことが出来る。それだけでもステキすぎる。

内容としては、涙あり、笑いあり。勝って泣き、負けて泣き。ひさびさに「甲子園」を堪能できたなぁ、という感じです。もちろん見ていると「なんでここで言い返せない!」「なんでそっちの句がいいの!?」なんていろいろ思いますが、俳句に熱くなれる高校生を見られるのはとてもいい気持ち。

スタッフのなかには、私が縁遠くなっていた間も休まず毎年来ている人、私同様ひさしぶりに戻ってきた人、いろんな人がいます。もちろん私のような自堕落学生ではなく、立派な社会人ばかり。それがわざわざ休暇をとって、甲子園を盛り上げるために、自費で来ている。
そのなかには俳句を続けている人もいるし、もうやめてしまった人もいる。休んでいたけれど再開してそれを機に甲子園に来た、という人もいる。14回の蓄積。14年の重み。

俳句甲子園について、卒業生がどこまで俳句を続けるのか、みたいな言い方をされることがありますがね。
はっきり言って、些末なことです。

よく言われるように、俳句甲子園にかかわる卒業生には二種類います。
ひとつは、俳句が好きになって俳句を続けるタイプ。もうひとつは、俳句甲子園というイベントが好きで、スタッフとして関わり続けるタイプ。もちろんそれ以外の多くの卒業生は、文字通り甲子園から「卒業」していきます。

しかし、毎年30以上のチーム(つまり150人以上)の高校生が出場し卒業していくという事実は重い。たとえ実作を続けていなくとも、俳句の魅力を知り、俳句にかかわっていく、俳句を応援していこうと思える人たち。そういう「俳句にまつわる若者」を着実に増やしている、ということ。そしてそのイベントを支援する大人たちも、確実に増えているということ。このことは忘れてはいけない、と思います。

いま、俳句界で活躍している人たち、「0年代の作家」「10年代の作家」たちを生み出すのが俳句甲子園なのではない。そんな狭い視野の話ではない。
そういう作家たちを見守る、「俳句にまつわる人たち」が増えていく。スタッフ、卒業生、後援者、すべてふくめて、「俳句」を盛り上げる。活気ある「俳句」シーンを作っていく。そういうイベントとして、俳句甲子園はすごい、と、私は思っているのです。



ちなみに。
松山でお会いした、朝日新聞俳句担当の記者である宇佐美さんへのインタビュー記事も同日公開。とてもおもしろいのでオススメです。

週刊俳句 Haiku Weekly: 朝日新聞 宇佐美貴子さんインタビュー「俳句は人間活動として面白い!」
 

2011年8月24日水曜日

俳句評論のゆくえ


俳句評論は、近代百年の歴史のなかで何度も同じ議論ばかりくり返しているように見える。

たしか高浜虚子が新興俳句について、自分たちの若い頃の議論と大差がなく興味が持てない、といったようなことを言っていた気がするが、出典が思い出せない。

余談だがしばしば作家論と称する文章のなかに、これと同じように俳句界の「伝説」のような、要するにWikipediaであれば「要出典」とタグを付けられてしまうようなたぐいの言説を、いかにも重要な論拠として使っているものがあり、うんざりする。
虚子が第二芸術論に関して、「俳句も第二芸術にまでなりましたか」とうそぶいた、というのは何が出典になっているのだろうか。あくまで印象だが、特に虚子には伝説めいたものが多いようだ。虚子自身が体験を談話や小説として発表することが多いせいだろうか。

閑話休題。なんにせよ、新しい話題がないのが俳句評論にとっての不幸である。
何を論じても、どこかで目にしたことのある、既視感のある議論に入ってしまう。
いわく写生。いわく主観と客観。いわく結社の弊害。いわく季語。いわく主題。いわく詩性、あるいは芸術性。云々

さて、こうした俳句評論の不毛さを乗り越えるために、ひとつ提案をしたい。
俳句史の見直しである。

上の文章を見ながら自省を籠めて言えば、我々は俳句を語るにあたって、あまりに虚子の言説にたよりすぎてはいなかったか。
そして虚子の呪縛から逃れようともがいた作家たちが求めたのが子規であった。高柳重信のもとに集った評論家、作家たちは好んで子規を論じ、虚子の一面的なるを糾弾した。
あるいはさらに、古典回帰の時代に顧みられたのは俳聖・芭蕉であった。芭蕉の位置に戻ることで虚子、子規を客観視しようとしたのである。こうなるともう明治の子規と同じ立場であり、子規の俳諧分類に匹敵するようなバックボーンがなければ、新たな見方を作り出すことは難しい。
例外として、近年金子兜太が小林一茶を持ち出しているが、大きなムーブメントとはならなっていない。

しかし、である。
俳句の「本質」は、果たしてこのような大作家たちの言説から、あるいは作品から、見えてくるのであろうか。近代百年の歴史のなかで、大作家の数はごくわずかである。むしろ大作家たちの影響をうけつつ営々と俳句を作り続けてきた、無名の作家たちに目を向けることで見えてくるものがあるのではないか。

いや、問いが相応しくなかった。
俳句の「本質」などというものがどこにあるのか、私にも分からない。しかし少なくとも、我々が思う「俳句っぽさ」、俳句的somethingとは、大作家たちの名句ばかりでなく、その他大勢の「俳句」によって培われてきた部分が大きいのではないか。現に、我々自身が句会で日々目にし、かつ自身生み出し続けている、この「俳句」こそ、「俳句的something」を考えるための絶好の現場なのではないのか。

こういった、いったいどこへどう帰着するのかわからない思いこみが、この数年私の頭を支配している。ただその思いこみの、あるいは傍証たりうるのではないか、といういくつかの評論が、主として現代の若手のなかから見出されるのである。


その筆頭は、私にとっては直接大学でお世話になっている先輩である青木亮人さんである。
青木さんが目指されているものと私の目指す方向には違いがあるが、上のような考えがある程度形になったのは、青木さんのご教唆によるところが大きい。

青木さんの論考は、子規と同時代の「旧派」に属する宗匠たちの発句や子規批判の評論を読み直すことで、子規たちの「写生」や「俳句革新」の内容に迫ろうというものである。青木さんはそのために、明治期から始まる膨大な量の俳句を博捜され、丹念に追跡しておられる。
我々が子規を読むとき、子規や子規周辺だけでなく、子規以前の俳壇や子規と対立した人たちのことを、どれだけ理解できているだろうか。子規からの批判(月並、芭蕉偏重)などを鵜呑みにして、そのままにしていないだろうか。
当時、子規以外の俳句はどうであったのか、子規が「写生」を目指したのは何故なのか、それは正しかったのか。子規を、ひろい目で客観視する視点を持たなくては、我々は百年たっても「結局子規派」(高山れおな氏)で終わるしかない。
それはほかの作家にも言えることであり、青木さんのお仕事が誓子など現代作家にも及んでいることは、俳句表現史にとって新たな局面といえるのではないか。


ほかに注目したいのは外山一機氏の仕事である。
ネット界隈では『豈』49号掲載の佐藤文香論や、最近では種田スガル論などで物議をかもしたが、本領はむしろ自身のHPで連載していた、俳句リテラシーをめぐる一連の論考であろう。

現在リテラシー論は更新がストップしているようであるが、我々がいつの間にか「当たり前」だと思っている「俳句を読む」行為の特殊性をとらえ返し、つきつめる論考は、間違いなく後世に残る仕事である。
最近では「詩客」の俳句時評でブラジル移民の俳句をとりあげつつ、国際Haiku論の無自覚さに警鐘を鳴らしている。
外山氏が興味深いのは、作句行為と評論行為が、ともに同じベクトルをむいていることであり、論作ともに華やかな現代の若手のなかでも、ひときわ存在感を放っている。外山氏の言動は近代俳句史の顧みられない部分から俳句史全体への捉え直しを迫る、という点で一貫しており、俳句界にとって重要な批評家として、今後も活躍に期待したい。


ネット関係では名前を見ることがないが、今泉康弘氏も見逃せない。
今泉氏の論考はおもにネット非公開の大学紀要に掲載されており、一般には読みにくい。しかし鶏頭論争を丹念に追いかけたり、戦火想望俳句の起源を追求したり、現代俳句史を読み直す丁寧な論考を発表している。
第12回俳句界評論新人賞受賞作の「ドノゴオトンカ考」は、タイトルからして奇妙で惹かれるが、未読である。高柳重信に関する評論ということなので機会があれば読んでみたい。
最近では総合誌でも健筆をふるっており、『国文学 解釈と教材研究』での虚子特集や、『俳句界』の芭蕉アウトロー説などでは、国文学の最新動向もおさえた的確な評論を発表しており、特集のような依頼原稿にも対応できる蓄積を示している。


そのほか、「俳句史」を意識しながら創作・評論活動をしている作家としては富田拓也氏があげられる。
「豈Weekly」でのアンソロジー企画は掲載媒体の終了で終わってしまったが、現在はspicaで「百句晶晶」という鑑賞を連載している。独特の審美眼でえらばれた百句のアンソロジーが完成すれば、違った視点での「俳句表現史」が見られることと思う。

 







関連拙稿



曾呂利亭雑記: メモ。(今泉氏の論考「夏草の夢 異説~"兵どもの夢"とは何か?~」に言及)
曾呂利亭雑記: 俳句評論について
曾呂利亭雑記: 若手評論家見取り図、時評篇


2011年8月14日日曜日

麒麟さん生誕祭


西村麒麟さんがお誕生日だそうだ。


西村麒麟一人っきりの誕生日パーティー「きりんぽろぽろ」のページ


お誕生日おめでとうございます!
お盆真っ盛り、今宵は満月見ながら日本酒呑みましょう。

鬼太郎全巻をお送りするのは結構大変なので(こういう場合はやっぱりマガジン連載版ですかね。ちくま文庫で全七巻です)、取り急ぎ「空飛ぶ麒麟」について書かせていただきます。

といっても、いま手許にある資料だけなので、中国五千年の深奥にはとても及ばないのだが、ひとまず「麒麟」話をもってお祝いの言葉に代えることにする。


「平成狂句百鬼夜行」番外


麒麟。
空飛ぶ麒麟、というよりもいまやキリンビールのキリン、といったほうが通りがよい。 (そういえば麒麟が空を飛ぶという伝承も本来はない)
東洋における一角獣であるが、西洋のユニコーンが処女にしか懐かないといわれるのに対して(こちらは西洋騎士道の象徴である)、麒麟は儒教的倫理観を具現化した聖獣である。

後漢の許慎(58?~147?)『説文解字』「鹿」部に「麒麟は仁獣で、オオジカの体、牛の尾、角が一本ある」とある。鹿に近い生き物なのである。もともと「麟」の一字だけであらわしていたが、麒は牡、麟は牝だともいわれる。声は音階に従い、行動はコンパスや定規で描いたように美しく、歩くときも注意深く土を選び、群れをなさず、遠出もしない、という。清代の段玉裁(1735~1815)の注によれば、角が肉に包まれて人を傷つけず、生きている虫を踏まず、生きている草を折らない、とされるため「仁獣」というのだという。

古来、名君が仁政を行うと麒麟や鳳凰があらわれるとされ、歴史書にもしばしば麒麟出現の記事がある。逆に『春秋公羊伝』では孔子71歳のころ、麒麟の死体を発見して「吾が道、窮まれり」と悲嘆したと伝える。
またすぐれた才能をもつ人を麒麟がこの世に連れてくる、というコウノトリのような話もあり「麒麟送子」という。これで生まれる子がすなわち「麒麟児」であり、現在でも中国台湾には縁起物で麒麟送子の図案を用いているそうだ。

日本では出現の例が少ないが、『日本書紀』天武天皇九年(680)二月辛未条に、葛城山で見つかった鹿の角が、根元は二枝だが末は一つに合わさっていた、けだし麒麟の角であろう云々、という角だけが見つかった記録がある。

鳥取県の各地では「麒麟獅子」と呼ばれる、麒麟の獅子舞が舞うという祭がある。
慶安三年(1650)、徳川家康のひ孫であった鳥取藩主の池田光仲が、日光東照宮から分霊した因幡東照宮を建立して始めた祭だといわれる。猩々に先導された麒麟獅子が、子どもたちを祝福するもので、鳥取県では百箇所以上で麒麟獅子舞が現存しているそうだ。

この祭は2005年公開の映画『妖怪大戦争』(監督・三池崇史)でも重要な役割を果たし、主人公タダシ(演・神木隆之介)が麒麟に選ばれた「麒麟送子」となって世界を救うことになる。作中、キリンビールも大変重要な役割を果たす。
この映画、荒俣宏原作、京極夏彦ほかの製作で水木ファンとしてはかなりツボな作品だった。むしろ麒麟さんにはこちらのDVDをオススメしたいと思っている。



  麒麟児登場 満月の夜でした  久留島元


参考.笹間良彦『日本未確認生物事典』(柏美術出版、1994)、中野美代子『中国の妖怪』(岩波新書、1983)、荒俣宏「因幡の麒麟伝説」『怪』vol.15(角川書店、2003.08)



ネット渉猟


先月末の「ねんてんの今日の一句」「に、高橋修宏の評論集『真昼の花火―現代俳句論集』(草子舎)を引き合いに出した記事が並んだ。

7月29日 に「稲の世を巨人は三歩で踏み越える 安井弘司」、7月30日に「南国に死して御恩のみなみかぜ 摂津幸彦」、7月31日に「戦争と畳の上の団扇かな 三橋敏雄」と、まぁ錚々たる顔ぶれと言ってよい。

しかし坪内氏はこれらの句を「よい句として引いたわけではない」とくり返す。そして「私はよいとは思わないが、……いわば伝説的に読まれているのだ。」と批判する。

安井句については、稲作が中心の世を「3歩で越える巨人とは現代の産業、あるいは市場。それとも原発? 新興宗教の神かもしれない。」と読みつつ、「読者の私にとってはやや概念的な句」で未熟だ、と評する。
摂津句については、「音読すると実に美しい句だが、……むしろ軍歌の快さに酔っている感じ。」「私は居酒屋の攝津幸彦が酔って調子をあげているようすを想像する。別の言い方をすれが(ママ)、この句は戦争ごっこ的快楽。」という。
三橋句については、「この句は「と」によって戦争と団扇を並列というか同格にした、その強引さが見どころではないだろうか。」と読む。そのうえで「団扇を使いながら戦争の話をしている、……なんだか、ありふれて平凡である。」というのである。

興味深いのは、「よいと思わない」としながらも坪内氏の読み方が正鵠を得ているように思われ、しかも私にとっては坪内氏の読み方によって句が魅力的に思えることである。

周知のとおり坪内氏は高柳重信周辺の新興俳句の若き評論家から出発し、次第に俳句の場の問題、「共同性」に注目していくなかで現在の方向性を獲得してきた。
通俗的な俳壇史の興味からいくと、坪内氏と三橋敏雄、安井浩司、摂津幸彦らはお互い遠くない存在のはずである。たとえば川名大『現代俳句』(ちくま学芸文庫)では「新興俳句の系譜」として同じ項目で扱っている。このことからも川名氏の俳句表現史と称するものが、実際は経歴重視の俳壇史を要領よくまとめたに過ぎないことがわかるのだが、それはともかくそれにも関わらず、、坪内・三橋・安井・摂津と並んだときには強い違和感があり、坪内氏と新興俳句との(現在の)距離を再確認させられるのである。

前掲、摂津句は坪内氏のいうように軍国ロマンティズムを臆面もなく歌い上げ、「戦争ごっこ的快楽」に興ずる戦後生まれのふてぶてしい言語センスが魅力的である。アイロニーといえばアイロニーだが、戦争の悲惨さを語りつつ軍国ロマンティズムを捨てることのできない、「男の子」的な感性へのアイロニーというべきであろう。
三橋句のほうも「戦争(非日常)と団扇(日常)とを同格にした強引さ」が強烈で、この不気味な魅力は「戦争が廊下の奥に立っていた 白泉」によって開かれた方向だといえるが、「団扇」の安心感は白泉を上回る。思うにこの日常的安心感(共感)へ帰着するあたりが、季語の効能であり、「俳句っぽさ」、俳句的なるものへの道なのではないか。

坪内氏は早くから三橋に対する違和感を表明しており、『俳句研究』四九・二(1982年2月号)掲載の「三橋敏雄論」でも批判的に論述している。
「過渡の詩」を書いた坪内氏にとって三橋の「俳句っぽさ」との対決は必然であったと考えられるが、共感の蓄積としての「季語」、季語を媒介に発生する「俳句っぽさ」を避けて坪内氏が目指した「共同性」の場には、一体なにがあるのだろうか。



高山れおな氏の「日めくり詩歌」は自身も参加している『俳壇』「妖怪百句物語」より。




左勝
宗教に入ってしまう雪女 塩見恵介


雪女魂(たま)觸れあへば匂ふなり 眞鍋呉夫

……計百五句のうちに最も多く登場する妖怪は「雪女(雪女郎)」で、四人が句にしている。これは季語でもあるのだから当然として、二位には「ろくろ首」と「ぬらりひよん」が三人タイで続いていて、ちょっと意外だった。ろくろ首は妖怪界の大メジャーだから不思議ではないのだが、そこに比較的マイナーなぬらりひよんが並んだのは、ぬらりひよんという音の面白さのゆえか。……本稿の読者に、ぬらりひよんとはかくかくしかじかの妖怪なり、と手際よく説明できる御仁はいかほどありや。私は、水木しげるが描いた妖怪画をかろうじて思い出せるだけで、どんな振る舞いをする輩なのかはとんと存じません。



日めくり詩歌 俳句 高山れおな (2011/8/5)

さすが博学の高山氏も妖怪には疎いらしいが、「ぬらりひょん」といえば今でも『週刊少年ジャンプ』で椎橋寛「ぬらりひょんの孫」が連載中であり、現在では比較的知られた妖怪なのではないかと思われる。

妖怪についてはspica連載のほうでもしきりと語っているのでこちらで詳細を語ることは遠慮しようと思うが、せっかくなのでかるく解説。
「ぬらりひょん」は、『広辞苑』にも載っていて、




① 「ぬらりくらり」に同じ。
   浮、好色敗毒散「その形-としてたとへば鯰に目口もないやうなるもの」
② 瓢箪鯰のようにつかまえどころのない化物。

とある。つまり正体不明であることが本意という妖怪なのである。

「ぬらりひょん」を妖怪の総大将とする説は藤沢衛彦『妖怪画談全集』で「ぬらりひょんと訪問する怪物の親玉」とあるのが早い例のようである。おそらく鳥山石燕の絵を見て創作したものと考えられるが、「ゲゲゲの鬼太郎」のアニメ第三期以降すっかり定着し、現在の「ぬらりひょんの孫」にまで連なるわけである。
また岡山県では海坊主のことをぬらりひょんと称するらしく、これは捕まえようとするとヌラリと沈んでヒョンと浮く、からヌラリヒョンなのだそうで、ぬらりひょんをタコだとする俗説もこのあたりに由来していよう。

ところで、現在挑戦中であるからこそ敢えて言っておきたいが、「妖怪俳句」というのは案外難しい。ただ妖怪を詠みこんだ観のあるキャラクター俳句では「妖怪」の意味がなく、かといって古伝承の世界を偽装してしまうのも本道に外れる。
(だから私がコラムのほうばかり力を入れてるようにみえても、それは志方のないことであろう。)

そのなかで高山氏の注目するとおり、「妖怪俳句」としては塩見氏の句に可能性があるように思われる。
ちなみに相手に選ばれた真鍋氏ほどではないせよ、塩見氏も雪女俳句については挑戦を続けており、『船団』81号(2009年6月)会員作品に連作が載っている。


酔っ払って壁を壊した雪女
そのことは示談にしたい雪女
その示談に遅れて行った雪女

2011年8月2日火曜日

メモ。


第13回俳句界評論賞決定のお知らせ
平成23年3月15日(火)、第13回俳句界評論賞の選考を行いました。慎重な協議の結果、第13回俳句界評論賞の授賞が決定しましたのでお知らせ致します。贈賞式
は、平成23年11月8日(火)第一ホテル東京シーフォートにて行います。
依田善朗 「横光は波郷に何を語ったのか」
http://www.bungak.com/info/haikukai.php

まだちゃんと読んでないが、『俳句界』8月号で掲載されていたので本屋ですこし流し読みした。
実は最近、まったく違うところで横光利一の「純粋小説論」にあらわれる「偶然」という概念について講演を聴いた。依田氏の評論にも横光に関わって偶発性に関して論及があったので、ちょっと興味深く思っている。

参考.真銅正宏「昭和十年前後の「偶然」論―中河与一「偶然文学論」を中心に―」
 →pdf公開版(http://doors.doshisha.ac.jp/webopac/bdyview.do?bodyid=BD00012675&elmid=Body&lfname=016000430002.pdf
 真銅正宏氏の「偶然文学」に関する論攷一覧
http://ci.nii.ac.jp/search?title=%E5%81%B6%E7%84%B6&author=%E7%9C%9F%E9%8A%85%E6%AD%A3%E5%AE%8F&range=0&count=20&sortorder=1&type=1




※追記(2011.08.04)

依田氏の評論をざっと拝読した。
「馬酔木」新星として俳壇デビューした波郷が「古典と競ひ立てる」句へ傾斜していく際に、横光の俳句観、文学観が影響した、という指摘である。横光の影響についてはすでに知られているらしいが、昭和十年前後の横光の文章(「純粋文学論」)などから具体的内容にまで踏み込んで考察したもの。ごくまっとうな手続きであり、新味はないにしても手堅い評論だ、ということだろう。
真銅先生の「偶然文学」に関する講演を聴いたときにも「俳句へ応用できるな」と思ったが、横光自身、「偶発性」とか「無目的」という手法から俳句へ関心を持ち、実作にも関わっていたらしい。不勉強でまったく知らなかった。

こういう話を聞くと、やはり俳句研究はもっと近現代文学研究に資するところがあるし、もっと近現代文学研究の成果を取り入れていかないといけないのだろうな、という気がする。

それにしても『俳句界』の誌面は、謎。
表紙では「第11回山本健吉文学賞」のほうが大きな字で書かれており、受賞者の加藤郁乎氏、岩岡中正氏の名も出ている。依田氏の名前は表紙には全く出ていないのだ。自誌が主催している評論賞より山本健吉文学賞のほうが大きな扱いというのは、どういうことなのだろうか。
また「特集 芭蕉異説~アウトロー伝説を追う~」となっているが、芭蕉アウトロー説といえば嵐山光三郎氏だろうと思うが、文章中にもほとんど名前が出てこない。文章を読んでも芭蕉の何をアウトローと呼びたいのか、どのあたりが「異説」(通説と違う、の意味だろう)なのかがよくわからなかったのだが、
思えば、芭蕉はいつも正統なる異端であり、アウトローであった。その姿勢を芭蕉は「風狂」といい、アウトローになることによって風雅の道を極めようとしたといえよう。

水津哲「アウトロー芭蕉」


などを読むと、『俳句界』の相手にしている「通説」というのは「わびさびの俳聖」とか、そういう中高生の教科書レベルなのかなと思う。芭蕉が「風狂」だとか「孤高」だとかいう見方こそ、「通説」だと思っていたのだけど。
ほかの執筆陣も、どうやら編集部から依頼された題で苦労されたようで、どうも歯切れが悪いことおびただしい。
読み応えがあるのは今泉康弘氏「夏草の夢 異説~"兵どもの夢"とは何か?~」で、『文学』七・一号(2006年1月)掲載の深沢真二氏の論文を紹介し、「夏草や兵どもが夢の跡」の「夢」が、夢幻能としての「夢」である、という見方を提示している。



芭蕉は自らを諸国一見の僧になぞらえて、奥州平泉の高館を訪れた。そこは義経主従が、藤原安衡に裏切られて討死をした場所である。芭蕉はワキ僧として、義経主従という「兵ども」に出会う。彼らは語り、舞い、供養を願う。芭蕉はそれに応える。そして、ふと、夢から覚める。その跡には、ただ夏草だけが広がっている…。


また、今泉氏は従来の「兵どもが栄華の夢をみた跡」という解釈が二十世紀になってから登場する、という深沢氏の指摘に対して、ワキ僧となって夢を見た、という趣向は「写生」にあわない」ために切り捨てられたのではないか、と推測している。重視すべきだろう。 

2011年8月1日月曜日

spica

 
日付変わって、もう今日ですが、

ご存知、神野紗希、江渡華子、野口る理の三人が運営しているウェブマガジン、spica で、

平成狂句百鬼夜行

というのを始めさせていただくことになりました。

一ヶ月、毎日アップします。がんばります。
ホーム → つくる で過去の句も読めます。


そもそもは先日、東京へ行った時に、お酒を飲みながら「漫画的俳句」「妖怪俳句」以外にテーマが見つかったらやってよ、みたいな話をされて、せやねー♪と軽く流していたはずなんですが、数日前に電話がかかってきて、「妖怪俳句でよろしく」と。

……どっちやねん(笑)。
こちらとしても精進の場をいただけるのはありがたいので、ツッコミ入れながら二つ返事で引き受けたんですが、よくよく考えるとこれ、山口優夢、谷雄介、御中虫、と続いてきた、かなり注目のコーナー。

…うーむ、そのなかで選んでいただいたことは大変光栄ながら、今更ながら、俺でいいのかなぁという気がしてきました。。。

ひとまず、プロフィール写真を、と言われましたので、お世話になっている「妖怪絵師」松野くら先生にお願いして、一枚使わせていただきました。 可愛らしいなかにも妖怪の特徴が押さえられていて、ファンなのです。

松野先生は、世界妖怪協会公認マガジン『怪』(角川書店)などでも活動されており、なんばのほうで「妖怪講座」なんかもされているお方です。実はちょいちょい俳句にもご縁がある方なので、楽しんでいただけるかな、と。

短文については、思いつかなかったのでとりあえず妖怪に関する雑学をあれこれ書いては消し書いては消し、そうこうするうち〆切も迫ってきたのでえいやっと校了、、、したところ、すっかり「オバケ学講座」のようなことに。
真面目なことを言うと、いわゆる「妖怪」の輪郭を、おぼろげにでも明確にしておかないと「妖怪俳句」という括りもできないな、ということがあります。ただし、こっちはこっちで、俳句以上に関わってきただけに、手を抜けないという事情もあり(^^;。

あんまりにも俳句の方々に遠い話題ではspicaにも迷惑かけちゃうので、おいおい軟化していくと思いますのが、気長に見守っていただければ、と思います。

よろしくお願いいたします。

2011年7月29日金曜日

俳句評論について



先日来、斎藤環氏の著書を使って、「評論の作法」という大仰な問題を考えてみた。

実際のところ、斎藤氏の著書は全体的に興味深いものであり、先日来述べてきたような問題点も、結果として大きな破綻を生んでいるわけではない。
むしろこの論著を出発点としつつ、さらに裏付けの論証を勧めれば、立派な漫画論、現代日本文化論になりうるのではないかと思われる。
特に最終章で漫画を、図像と言葉、擬音・擬態表現など「複数の回路を持」つ表現だとし、また「フキダシ」「人物の(記号的)表情」「漫符」「スピード線・集中線」などの、かなり膨大な「コード」の系列が「ユニゾン的に同期」している、というのは興味深い指摘である。
さらに、アニメ・漫画が他のメディアに比べ「表現形式それ自体がその表現内容を規定する度合い」が高い、「ハイ・コンテクスト」なメディアである、と論じ、「送り手と受け手の間に距離感がない」ことで成り立つ、という。
斎藤氏はここで江戸の黄表紙などにも触れつつ、日本文化論へ傾斜しかけているが、このあたりの議論は個別の文化現象として論じる方が意味深いだろう。「ハイ・コンテクスト」というのは日本文化としてよく指摘されるようだが(※)、俳句をめぐる議論としても理解できるものである。
このあとに続く、




漫画・アニメという虚構空間において、自律的な欲望の対象を成立させること。まさにそれこそが、おたくの究極の夢ではなかったか。「現実」の性的対象の代替物に過ぎない「虚構」などではなく、「現実」という担保を必要としない虚構を作り出すこと。どんなに緻密に虚構世界を構築して見せても、それだけでは全く不足なのだ。


といった指摘は考察は興味深いが、理論上の議論、という気もして、よくわからない。私に言わせればやはり、具体的な作品論を通して議論すべきだと思う。




さて、うだうだ書いてきたが、私見による「評論の作法」を活かしつつ、今後、特に俳句評論をしていこうと思えばどうすればよいのだろうか。

まずは歴史的な作家、作品の捉え直しであろう。
以前もふれたことがあるが、俳句の議論は、ともすれば「座」とか「かるみ」とか、江戸時代の俳諧用語、あるいはさらに俳諧研究の用語、を使ってしまう癖がある。
特に、前衛論議が終わって「古典帰り」が起きた、おそらくは昭和五十年代半ばから、その傾向に拍車がかかっているのではないか。
俳句が俳諧をもとに成立したことは言うまでもないが、なんの前提も検証もなく先祖返りしてしまっては、近代百年の歴史が飛んでしまう。
そもそも我々のもつ「俳句」のイメージで「俳諧」を読んで良いのか、ということが前提としてあるはずであり、我々の「俳句」イメージの形成してきた近代百年の「俳句」観、「俳句」論を、もっと厳密に再検証すべきではないか、という気がしている。
それは、これまでのような著名作家たちの作品を並べればすむような「俳句史」ではなく、それぞれの時代に即して、資料に基づいて行われるべき議論であるべきなのだが、・・・その作業の膨大さと緻密さの前に、私もはっきり言って恐れをなしている状況である。

ただしこの難行に挑む何人かの優れた評論家も存在している。



(この項、続く)











※ 斎藤氏は参考図書としてE.T.ホールの名を挙げている。ちょっと調べると、「文化を越えて」という著作の中で、この「ハイ・コンテクスト」という用語を使っているそうだ。読んでからまた言及します。     


2011年7月28日木曜日

メモ。彌榮氏評論評判録

 
彌榮浩樹氏の評論「1%の俳句」について言及している記事のまとめ。
私の感想は以前書いたとおりだが、内容や姿勢について賛成できないことは多々あれど、俳句専門誌ではなく文芸誌に俳句論が載った(賞を受賞した)、ということがまず大きな功績だと思われる。ある程度の無茶というかキャッチーな切り込み、また通説的な事柄の言い換え、といった部分は、掲載場所を考えれば大いに納得できると思っている。

もっとも、私としては「俳句らしくみえる」「99%」の沃野のほうが俳句だと思っているのだけど。

詩客 俳句時評 第5回 「1%の俳句」と「鳥籠は鳥のような何かを得る」  山田耕司

夕螺の一言日記 彌榮浩樹著「1%の俳句」

週刊俳句 Haiku Weekly: 彌榮浩樹「1%の俳句」を読む 関悦史

万来舎 短歌の庫 江田浩司評論 彌榮浩樹の評論「1%の俳句― 一挙性・露呈性・写生」を読む。

週刊俳句 Haiku Weekly: 彌榮浩樹「1%の俳句―一挙性・露呈性・写生」再読 有季定型と「写生」は結婚しうるか(1) 青木亮人
週刊俳句 Haiku Weekly: 彌榮浩樹「1%の俳句―一挙性・露呈性・写生」再読 有季定型と「写生」は結婚しうるか(2) 青木亮人
週刊俳句 Haiku Weekly: 彌榮浩樹「1%の俳句―一挙性・露呈性・写生」再読 有季定型と「写生」は結婚しうるか(3) 青木亮人

青木さんの長編評論はついに完結編。 「1%の俳句」批評から始まって、数年来ツイッターその他で発表されている青木さん自身の「写生」論につながっているので読み応えアリ。



どうでもいいけど、
ここの書きぶりは、高評価なのか低評価なのかよくわからないが、奥歯にものが挟まったみたいでヤな感じ。


まあ、話のついで、と言ってはなんだが、今年の「群像」新人文学賞・評論当選作の彌榮浩樹「1%の俳句ー一挙性・露呈性・写生」も話題に上がった。
どう、上がったかは、ご想像にお任せする。


2011年7月23日土曜日

マンガ的川柳


こちらでもたびたび参照させていただいている、「週刊 川柳時評」で、拙論に言及していただいている。
週刊「川柳 時評」川柳句集の句評会

話題は、先日行われたばかりの、「渡辺隆夫新句集『魚命魚辞』・小池正博『水牛の余波』合同句評会」である。
両氏の句集については私も何度か触れさせてもらったが、渡辺氏は『バックストローク』創刊号において、すでに「川柳のマンガ的読み」に言及していたそうだ。
小池氏はそこから出発して、拙論の、「マンガ俳句」と「漫画的俳句」との区分について、に言及し、渡辺句集を「キャラクター川柳」の視点から読み解かれたようだ。

当日は、案内を頂戴していながらもろもろの関係で行くことが出来なかったが、「マンガ的読み」について、いつかご意見をいただければと思っている。
 

2011年7月19日火曜日

評論の作法(下)

 
承前


2.定義のあいまいさ


これは1より大きな問題だ。まず「戦闘美少女」という本書の注目するカテゴリ自体が、相当振れ幅の大きいものである。
本書第五章「戦闘美少女の系譜」では、1960年代~90年代のアニメ、漫画、ドラマに登場する「戦闘美少女」が大量に列挙され、13の類型に分類されている。そのうえで「物語設定はわずか一三の系列分類に尽くされる」というのだが、これが実に問題が多い。

「紅一点系」としてゴレンジャーやガッチャマンが入るのはわかるとして(彼女らは少女というより成人女性だが)、「銀河鉄道999」が分類されるのは何故か。ご存知メーテルは戦闘もこなすが、むしろ鉄郎に対する母性が際だっており、時間を旅する全能の賢者とでもいうべきであり、どちらかといえば「巫女系」に近いだろう。また「同居系」と分類されるラム(うる星やつら)、小璘(まもって守護月天)は「戦闘美少女」なのだろうか。むしろ和登サン(三ツ目が通る)や毛利蘭(名探偵コナン)のほうが「戦闘」に近いのではないか。分類表には含まれないものの本文中には作者の「思い入れの深い作品」として「じゃりン子チエ」に言及があり、「戦闘」はどこへ行ったかと疑われる。そういえば我らが猫娘(ゲゲゲの鬼太郎)や雪女(地獄先生ぬ~べ~)はどう理解できるのか、……
などなど。

これらはすべて「戦闘美少女」の定義、あるいはそれぞれの分類の定義が明示されていないためにおこる疑問である。
また長編漫画では物語の展開に応じて、あるいはもっと露骨に世間にウケる方向にシフトして、連載中にキャラクターが変化する場合も多い。
たとえば「ドラゴンボール」のブルマは当初はバイクにまたがり宝を求めて冒険する美少女であったが、後半ではほとんど傍観者になっていた。「こち亀」の秋本麗子の造型なども一定しているとはいえまい。

こうしたブレを考察するためには、どのキャラクターのどの部分をもって「戦闘美少女」と認定するか、またどの分類とするか、明確な基準が必要である。
恣意的、主観的な分類で「わずか一三の系列に…」とするのは、自家撞着の議論というべきであろう。

さらに対象となっているジャンルに、アニメ、漫画ばかりでなくテレビドラマや映画が含まれていることで事態はより複雑化する。
基本的に本書が対象としているのは「おたく」の愛好するアニメ漫画における「虚構の存在」としての「戦闘美少女」である。
ところがここでは「セーラー服と機関銃」「スケバン刑事」なども参照される。これらはアイドルが主演したということで虚構性が高い、と見なしているようなのだが、ではほかの映画やドラマではどのような状況だったのか、それについて一切言及がない。当然、ほかのヤンキーものやトレンディドラマにおける女性像が参照されるべきだろう。

上記類型に「宝塚系」があること(リボンの騎士、ベルサイユのばら)でもわかるとおり、「戦闘美少女」はすでに舞台上に実在した。宝塚の男役だけでなく、歌舞伎の女形の問題もある。類型「服装倒錯系」(ひばりくん、らんま)の延長上に位置づけられる「オヤマ!菊之助」が主役に女形を据えていることは、後述の歴史性の問題とも関わって重要であり、なぜ本書が言及しないのか疑問である。

このように、対象を広げれば「戦闘美少女」の問題はどんどん拡散する。
結局のところ、本書の論述が1960年代以降のアニメ、漫画に焦点を絞った理由が明らかでないため、「おたく」と「戦闘美少女」とを結ぶ着眼の根拠も疑わしいものになってしまうのだ。



3.非歴史性

すでに言及したが、本書の論述対象は主に1960年代以降のアニメ、漫画に集中している。
ところが実際にはアニメ、漫画に限らず、日本には「戦闘美少女」が存在しており、アニメ、漫画の「戦闘美少女」はこの延長上に誕生したと考えられる。

まず歌舞伎で有名なものは女装した盗賊、弁天小僧菊之助だが、近世に上演された演目には女形の立ち回りを見所にしたものも少なくなかったらしい。
その直系と言うべき剣劇女優(浅香光代など)の系譜は、のちの時代劇における女剣客に引き継がれている。池波正太郎「剣客商売」は連載が1972年~、ドラマ版は73年~らしいだが、本作に登場する女剣客・佐々木三冬の造型は明らかに「るろうに剣心」「サクラ大戦」などに近い。アニメ、漫画と同時代の時代劇作品についてはもっと検討が必要であろう。

また、本書がディズニー映画「ムーラン」や、中国アニメ「白蛇伝」に言及しながら、中国文化に触れないのも片手落ちである。
本書は再三、欧米文化との差異を論じながら中国文化について目を向けず、「西欧」と「日本」との対立にしか言及しない。前近代日本文化における圧倒的な大陸の影響力を思えば、あまりに歴史的視座を欠いた考察である。
あるいはアニメや漫画に限定すれば、当時の中国アニメは論及対象に及ばなかったかもしれないが、カンフー映画に言及がないのは惜しまれる。
私は映画には詳しくないが、武侠小説には数多くのヒロインが登場しており、いずれも武術の達人として活躍している。
中国の国民作家である金庸の武侠小説が翻訳され始めたのは1996年以降だが、そもそも中国では武侠物に男性顔負けの美女、美少女が登場するのは当たり前で、古く「水滸伝」の一丈青や瓊英、「封神演義」の鄧蝉玉、「西遊記」の羅刹女などは日本でもよく知られており、京劇でも活躍する。また武田泰淳が小説化した「十三妹」は「児女英雄伝」に登場するヒロインであり、典型的な戦闘美少女と言うべき存在だ。

このように中国-日本の文化には戦闘美少女を受容する文化的土壌がある。

アニメ、漫画の戦闘美少女はその土壌の上に成立したのであり、1960年代に突然現れたのではない。
アニメ、漫画と、これら先行ジャンル、あるいは先行作を引き継ぐ他ジャンルとを比較検討しなければ、アニメ、漫画における戦闘美少女の爆発的増殖も理解できないのではないか。

むろんこれら全てを論じることは不可能だし、論じたとすればかえって粗雑な議論になるばかりだろう。
だからこそ、2で指摘したように論及の対象を限定し、その範囲内での精度を高めるべきだったのではないか。時代で区切るか、ジャンルで区切るか、は論者によるが、論述対象に限定をかけるほうが、他との差異がより明確になったのではないだろうか。
  

2011年7月17日日曜日

評論の作法(上)

 
斎藤環『戦闘美少女の精神分析』(ちくま文庫、2006)を読んでいる。
ちょっと前の本なのだが積ん読のまま放っておいたのを思い出したのである。特に深い意味はない。


ナウシカ、セーラームーン、綾波レイなどの日本の漫画・アニメに溢れている「戦う少女」のイメージが、アメコミの筋肉質なアマゾネス系戦士と異なって特殊な存在である、という視点から、トラウマ(外傷)を持たない可憐で無垢な「戦闘美少女」の特性とそれを愛好する「おたく」の心理学特性を分析する……
裏表紙に書かれた解説をもとに要約すれば、おおよそはこのような内容だろう。
本書はもともと2000年に単行本として出版されたそうである。出版された当初は本格的な「おたく評論」の先駆者としてかなり評判になったようだし、解説の東浩紀氏がしきりと強調するように、後続の評論家にも大きな影響を与えたらしい。

たしかに読み物としてはかなり面白いし、示唆されるところも多かった。書かれた当時を思えば相当先見性に富んだものだったのだろうと推測できる。

にも関わらず、私は読みながら苛立ちを感じていた。
私の考える「評論」のレベルからすると見過ごせない点があちこちにあったからである。

結果として本書は、ほかの粗雑な「日本文化論」、つまり日本の文化が特殊で世界に類が無く、「おたく」や「ジャパニメーション」が今後の世界を導くようなステキなモデルたりうるという……要するに、耳心地いい幻想をふりまいているだけではないか。
確かに日本文化は特殊かもしれないが、それなら特殊でない文化など世界のどこにもない。
問題はどのあたりが共通していてどのあたりが特殊なのか、その特殊性はどう育まれたか、なのだ。その分析がない日本文化論は、「世界に一つだけの花」の歌詞のようにまったく意味がない。凄いぞ日本ガンバレ日本、キミは生まれつきみんなと違う才能があるから競争しなくてもいいんだよ、日本文化は世界で一番なんだよ……みたいな。


違和感は自分の考えを育てるための重要なスタートになる。
自分自身の評論スタイルを模索するためにも、あえて本書の「まずい点」をメモ書きとして指摘しておきたい。念のため申し添えるが、本書の内容に踏み込んで「おたく評論」を展開するつもりはない。あくまで「評論」を実践的に模索する立場からのメモである。

ひとまず私があげておきたい、本書の問題点は次の三つに要約できるだろう。





  1. 批判先の匿名性

  2. 定義のあいまいさ

  3. 非歴史性

1.批判先の匿名性
本書はしばしば「紋切り型」の「おたく論」を批判する。



 おたくとは、アニメとか怪獣とかの幼稚な移行対象を握りしめ、手放すことも出来ないまま成長してしまった未成熟な人間のことだ。彼らは現実に触れて傷つくことを回避し、虚構の世界に逃げ込んでいるだけである。成熟した人間関係、わけても性関係を恐れ、虚構に対してのみ欲情するような人間。精神医学的に言えば、「分裂気質」――以上、おたくについて思いつく限りの紋切り型を並べてみた。ただし「紋切り型」であることは必ずしも誤りであることを意味しない。問題はそれが「正しかったにしてもさして意味がない」ということだ。(P.19)
ここで重要なのは、この「紋切り型」でおたくを評しているのが誰なのか、そのような認識がどの程度社会で共有されているのか、書かれていないことだ。
批判すべき対象の明確化、これは評論の問題意識を正しく共有してもらうためには必ず必要なことである。
しかし、ここでは批判の矛先が匿名であり、どのような意見の、どのような点を批判しているのかわからない。
これは現在本書を読む人間にとっては重要な過失であろう。

書かれた当時であれば「紋切り型」こそ自然だったかもしれないが、本書の初出から十数年を経ている現在では「紋切り型」以外の見方も多数存在している。しかし本書が書かれた当時にどんな意見がどの程度有力だったのかがわからないために、本書自体の立ち位置もよくわからなくなってしまうのである。
その結果、「紋切り型」を脱したはずの本書が提示するのは、上述のような日本特殊幻想にすぎない。それはたとえば八〇年代(バブル期の)日本で流行した、世界文化の最先端(ポストモダン、脱近代)が日本だ、という言説から、なんら進歩していない。なぜ「紋切り型」を廃して別の枠組みを持ってきたのか、本書の問題意識、重要性は、本書を読んでいてもほとんど伝わってこないのである

(この稿、問題なければ続く。)

2011年7月16日土曜日

若手評論家見取り図、時評篇


先日もとりあげた「川柳時評」で、如月和泉こと小池正博氏が「時評」の難しさについて触れている。



時評とはけっこう困難な作業である。
音楽評論で有名な吉田秀和は、相撲の解説から批評の要諦を悟ったと述べている。現在の相撲解説は愚にもつかぬものだが(そういえば相撲自体の存続もあやぶまれる状況が続いている)、かつては相撲解説者に神風と玉の海がいて、名解説者の評価をほしいままにした。一瞬の取り口を言葉によって鮮やかに解説してみせるそのやり方は、相撲ファンのワクを越えて視聴者を魅了したのであった。
吉田秀和の評論集『主題と変奏』に収録されているシューマン論には「常に本質を語れ」(ベートーベン)というエピグラムが掲げられている。消え去るもの、移り変わる状況を取り上げながら、常に本質を見失わないこと。そこに時評なり批評なりの面目はあるのだろう。



http://daenizumi.blogspot.com/2011/07/71.html

「消え去るもの、移り変わる状況を取り上げながら、常に本質を見失わないこと。」
現代川柳をそれだけで見ることなく、戦前からの「無名性の歴史」をふまえて読み解こうとする小池氏の「時評」がめざす高みが知られる。

さて、「川柳時評」も含め、昨今のネット評論の活性化は、当blogをご覧の方々には周知のところである。
「週刊俳句」を筆頭とするウェブマガジン掲載の文章、個人blogやツイッターでの句会報告や句集評など、いまや若年層だけではなく一定の位置を築いている。
こうした新しい媒体も足がかりにして新たな書き手が輩出し、十数年来「凪」といわれてきた俳句評論の世界にも、少し動きが見え始めてきたようである。

そんななか、「時評」という形式で、現在もっとも注目すべきは関悦史氏だろう。
もともとmixiなどで句集評などを公開していたという関氏は「―俳句空間―豈weekly」安井浩司や、竹中宏などおもに難解派と目される作家論に健筆を揮い、「新撰21」シンポジウムや川柳の大会でも活躍、豊富な知識量に裏付けされた怒濤の言論活動で周囲を圧倒し続けている。

関氏の評論は長短どれをとっても読み応えがあるが、私がもっとも注目しているのが、blog形式の「閑中俳句日記(別館)」である。
もともとSFや現代芸術などに深い造詣を持つらしい関氏は、幅広い読書傾向の一つとして俳句に親しんできたそうだ。結社句会や文化講座ではなく、読書経験から俳句へ入った、というのは、しばしば指摘されるとおり、関氏の特異性のひとつである。そのためだろうか、関氏の視点は、「俳句」内部の論理ではなく、さまざまな表現形式の一角としての「俳句」の位置を見据えようとしている。大げさにいえば、外からやってきた「お客さん」の視線で、俳句表現と、俳句経験について、その位置づけを考察しているように見えるのだ。
むろん「お客さん」全てが関氏のように活躍できるわけではなく、複雑な問題を整理する手際や、的確な論理展開はまったく彼の個性によるものだ。それにしてもイベントや句集の読後評などのリアルタイムな情報が、関氏の体系のなかでたちまち的確に位置づけられていく様は、毎回圧巻である。


個人的に、関氏には「必殺時評人」の称号を奉りたい。


関氏の活動はそれでもまだネット上を中心としたものだが、総合誌を含めてもっとも活動的な若手評論家といえば、まずは高柳克弘氏であろう。
高柳氏が書き手としての才能を一般に知られるようになったのは『凛然たる青春』シリーズであろう。それまでは角川「俳句」賞受賞作家として知られていた高柳氏であるが、現在では論評活動でも八面六臂の活躍をしているのは周知のとおりである。
実際のところ私は必ずしも高柳氏の俳論に賛同するわけではない。しかし彼の文章については大いにファンを自認している。
高柳氏の文章の魅力は、作品同様、ある程度明確な「理想」を掲げつつ、それと対立する視点や対象についても向き合い、取り入れようとする態度が見えることである。それは「読み」(鑑賞)を重視する姿勢にも重なる。自分と違う方向性の句であっても、まずは作品を「読み」、その鑑賞を基に議論を展開する。だからこそ異なる立場にあっても平静な議論として受け止めることができる。文芸評論の王道の態度である。
先入観をもって否定しない、先に結論を持たない、というのは議論の大原則でもあるが、実際行うのは難しい。まして仕事量が増えれば大変だろうと思うが、高柳氏の文章はいつも緊張感を失っていない。
高柳氏を「エンターテイナー」と評したのは高山れおな氏だが、そのとおり彼は周囲の期待をそのままに、期待通り王道を王道として歩む、その覚悟と不適さを持っているように思う。(あるいは普段の飄々とした態度は、周囲の期待に応え続ける反動なのだろうか…)

高柳氏にはそのまま、「鷹の王子」の名がふさわしいだろう。


思うに、「時評」の役割は二つの側面がある。


一つは、リアルタイムの情報を読者に知らせる広報的な役割。

もう一つは、その現象が全体にとってどのような意味があるか、その現象からどのような問題が提起されるか、を読者に問いかける啓発的な役割。

つまりインプットとアウトプットの両方が重要なのだが、インプットが偏向であれば「時評」とはいえない内輪評になるし、アウトプットが曖昧であってはただの広告、掲示板にすぎなくなる。そのためには幅広い関心をもちつつ、それぞれを自分の中である程度の価値基準をもって価値付けていかなくてはいけないわけだ。

「時評」は、考え抜いて書く評論とは違う、反射神経のよさの問われる文章だ。
幸いなことに我々は今、得がたい時評子をふたりも知っている。彼らの把握に賛同するにせよ、反論するにせよ、議論を始める用意は、整っている。

 

2011年7月12日火曜日

東京

 
昨日、今日、と、資料調査で東京へ行って参りました。
で、その合間に、東京の句友何人かと遊んできました。場所は伊藤伊那男氏の経営されている、神保町の「銀漢亭」というお店。


遊んだと言っても俳句も作らずひたすらお酒呑んでしゃべくってただけですが、平日の、しかも月曜の夜だというのに遅くまでつきあっていただき、お陰様で、駅の階段を踏み外しそうになるくらい、しこたまお酒を楽しませていただきました。突然声を掛けてお相手してくださった各位に厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。

さんざん呑んだあとですが、やはり呑み……いや話し足りないですね。また是非よろしくお願いします。



で、その席で怒られたのですが、どうも当blogの更新が遅い、と。

そんなこと言われたってこっちは普段天狗とかネコマタとかのことを考えながら観音さんの話とか地蔵さんの話ばっかり読んでるわけで、時には後輩がまったく読んだことも物語について報告しているのを聞いて知ったかぶりで助言しなくてはいけない立場にあるのに、そんな毎日俳句のことばっかり考えてるわけにいかんやろうがしゃーないなあぶぅぶぅ、とか思ったのですが、……たしかに先月などはわずか2回しか更新してないわけで、閲覧くださっている方々には申し訳ない限りです。


だいたいいつもは月に3~4回の更新、つまり平均すれば週1更新をメドにしていたのですが、先月は全くダメでして、これは文句言えません。

私がファンを自認しております、そして今回も大変お世話になった西村麒麟さんなどは、お仕事をされながらお酒を飲みながら実に週2というハイペースで文章をアップされているわけで。
きりんのへや:spica

あるいはまた、小池正博氏のように、お忙しいなか毎週かならず刺激的な時評で川柳世界を案内してくださる方もいるわけで。

週刊「川柳時評」

反省しました。


で、これまではある程度書き上げた文章のみをアップしてきましたが、これからは書きかけのものでも順次公開していこう、と。

あるいは、私はツイッターもやっていませんから、「つぶやき」程度の、備忘録のメモ書き程度のものでも、こちらで書いてしまおう、と。

そのように考えています。


とりあえず、何度か言ってきましたが、継続中の関心事は「俳句評論のありかた」について。
俳句そのものに対する関心でないところが、私の弱いところなのだとは自覚しておりますが、私ごときが下調べもせず書いた文章を「論文」とか「論攷」とか言ってくれる方がいて、それはそれで面映ゆくありがたい気持ちになるのだが、きっとそのままではいけないという気がするわけです。

ちょっと昔の俳句雑誌をめくってみると、いまの議論とほとんど同じような話題が、同じようにくり返されている。もう少し昔の人の文章を読んでいると、やはり同じようなことを言っていたりする。「近代俳句百年」の歴史のなかで、問題になる争点は、じつはほとんど変わってないのじゃないか、という気さえする。
本来はそうした昔の議論の蓄積をふまえたうえで、改めて別の資料なり、方法論なりを持ってきて議論しなくてはいけないのです。当たり前のようですが、俳句評論の世界は必ずしもそうなっていないように、私には思える。

えらそうに言っても実際のところ私など、厖大すぎる俳句評論史の蓄積について、まだまだ勉強をはじめたばかりなので、自分自身の勉強のためにも評論読み直し、それをふまえた「評論」の在り方、を気長に考えていきたい、と、まぁそのように考えております。

これまで以上にまとまりのない、支離滅裂あるいは無責任を極めたものになるでしょうが、生暖かい視点で見守っていただければ幸いです。


亭主拝

2011年7月6日水曜日

漫画的俳句 ~神野紗希氏に応える~


まずはおさらい。
今まで私の書いた「漫画的俳句」に関する文章をリンクしておきます。



  1. 「俳句な呟き」Vol.02 01.09

  2. 「俳句な呟き」Vol.08 02.20

  3. 曾呂利亭雑記 オタクはいく、付・個性のこと

  4. 「俳句な呟き」Vol.26 06.26

1と4で述べているが、「俳句でマンガ(漫画的俳句)」と、「マンガと俳句(マンガ俳句)」は、厳密には異なるものだということを強調しておきたい。

「マンガ俳句」は、マンガが詠みこまれた俳句。「漫画的俳句」は、「マンガ俳句」も含んでよいが、むしろ「漫画的手法を使った俳句」である。漫画的手法とは、「誇張」「単純化」「面白さ重視」などの特徴に集約される。

私が関心を持つのは主に「漫画的手法を使った俳句」のほうである。
2で取りあげたゆにえす氏など、もちろん「漫画的俳句」も面白いが、「マンガ俳句」に特徴がある。現代にあっては「マンガ俳句」も、もっと詠まれてしかるべきだろう。

3の文章で言及した「オタク俳句」の試みもそれに類するもの。
私はツイッターユーザーではないため詳しくないが、結構おもしろい作品もあるようだ。ただ、当然出てくる問題として「元ネタ」がわからないといまいち面白さが伝わらない、ということがある。これはかつての江戸俳諧が「忠臣蔵」や「曾我物語」をベースに句を作っていたのが現代人にはよく分からず、注釈に頼るしかない、という感じに似ている。
なかには確信的に注釈付きでオタク俳句に挑戦する向きもあるが、本人も「イタ句」と称するとおり、今後につながるかどうかは未知数である。



さて、『船団』89号に掲載した拙句「夏銀河メーテル待っているつもり」について、神野紗希氏より厳しい批評を受けている。


「待っているつもり」という表現に個性がないので、この文体の中で「夏銀河」と「メーテル」の取り合わせが、いくらでも取り換え可能となっている。「リング上力石待っているつもり」「屋上に綾波待っているつもり」「飴舐めて月(ライト)を待っているつもり」「籐椅子にコエムシ待っているつもり」「夏欅ミカサを待っているつもり」・・・。久留島の句も、一句の魅力の多くを「メーテル」というキャラクターの魅力に頼っているところが弱い。


【週刊俳句時評第34回】昭和二十年ジャムおじさんの夏 「船団」第89号特集「マンガと俳句」 神野紗希 



対象となった拙句は、以下の10句の最後のもの。


 「ジョーならば」
  ジャイアンに挑むのび太と猫の恋
  倒れてもジョーならば立つ春疾風
  春の雨俺がジョーなら勝っていた
  躑躅咲くゴルゴのように振り返る
  青を踏むねずみ男になりきれぬ
  蒲公英に化けて吹かれる狐の子
  浴槽に人魚姫いて春愁い
  行春の目目連の目に泪
  南風ルパン・ザ・サードのテーマ曲
  夏銀河メーテル待っているつもり



自句自解は褒められたことではなく、作品外での作者発言はたいてい無粋だ。
しかし、あえて今作の狙いを明かせば、漫画的価値観でいかに日常的な句を作るか、ということであった。
この場合、作中人物はあくまで現実的日常を生きているのであるが、現実的日常を漫画的価値観をもって見ている。従って私としてはこれは「キャラクター」に頼った句ではなく、漫画的手法を用いた句、という認識である。「のび太」(「ドラえもん」)、「ジョー」(「明日のジョー」)、「メーテル」(「銀河鉄道999」)という古典的作品を用いたことも、価値観として一般化、血肉化しているものを優先したからだった。

神野氏のあげた例の全てを把握しているわけではないが、たとえば「飴舐めて月を待っているつもり」(「DEATH NOTE」)などでは、句中にマンガ内部の小道具が入り込んでいる。
すなわち作中人物がマンガの内部に入り込みすぎており、もともとのマンガがもつ世界に頼った「マンガ俳句」だな、という気がする。
結果的には拙句も、他の人たちの「マンガ俳句」「キャラクター俳句」とよく似た作りになってしまったようで、それは私の実力不足。今作の狙いはそれから脱することにあったので、大いに反省している。しかし、上のような「漫画的価値観」をもって日常を見る視点は、「漫画的俳句」として実践していくつもりである。






引き続き、神野氏の批評を検討する。

神野氏は、「昭和のマンガ」を扱った句として「かつてラララ科学の子たり青写真 小川軽舟」をあげ、次のように評する。


「鉄腕アトム」「子どもの科学」「青写真」といった、おそらく作者の子ども時代の思い出と密接に関わっているモノたちが、「かつて」という時間の経過を示す言葉で括られ、「青写真」という、しばしば「人生の青写真」などという言い方で将来設計をも示唆する言葉で締められている。複層的に関わり合う言葉たちが、一体となって、一人の人間の思い出を体現しているのである。

このあと、神野氏は宇野常寛『ゼロ年代の想像力』(早川書房 2008年)に拠りながらゼロ年代以降の「昭和ノスタルジーブーム」に言及し、『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005)、『パッチギ!』(2005)、テレビドラマの山崎豊子リバイバルなどの、「昭和をまるでユートピアのようにつくりあげる作品群」と、『船団』89号に散見される(拙句を含めた)昭和マンガの数々を同列視しつつ、



小川の句が、そんな昭和ノスタルジーの心性のそのものを、自らを通して具現化しているのに対し、船団の句のほとんどは、昭和ノスタルジーにひたる心性から作られている。言語表現としての緻密さという点のみならず、句自身が、自らの孕んでいる昭和ノスタルジーについて自覚的であるかどうかという点で、小川の句と船団の今回の句には、大きな差異がある。

と断じる。
昭和ノスタルジーへの違和感については、むしろ私も同調するところであり、上述3の文章で言及してる。引用する。


「関西俳句なう」の「俳句な呟き」vol.8(2011.02.20) では、船団会員ゆにえす氏のサブカル俳句の試みを紹介した。
  また春が来る磯野家の不老不死  ゆにえす
磯野家住人を扱った句では最近、『超新撰21』に収められた久野雅樹氏の句、
  バカボンもカツオも浴衣着て眠る  久野雅樹
が話題になった。
たしかにマンガ的無理を感じさせない佳句であるが、個人的にはあまりにALL WAYS的情趣が強すぎ、つきすぎ、という感想を抱く。
昭和のマンガの住人である彼らがノスタルジーに馴染みやすいのは当然だが、不条理ギャグと新聞マンガとを同列にノスタルジーに回帰させてしまうのは、作られた昭和像を補強しているだけではないだろうか。


ゆにえす句の内容は、日常会話でありふれた「年を取らないサザエさん」という話題にすぎないが、「不老不死」という語の選択により、「また春が来る」不気味さが倍増され、素材にたよりすぎない問題句たりえていると思う。なにより、昔のマンガを読んでいる、正直な違和感が基底にあることが、久野句との明確な違いになっている。

ところで私は昭和60年生まれで、昭和の記憶はほとんどない。郷愁を懐くような思い出もないが、憧れるほど遠い対象でもない。そのためだろうか。「昭和ノスタルジー」を語る上の世代へも下の世代へも、とても違和感を覚える。一学年上の神野氏もほぼ同様ではないだろうか。
しかし、次のような句が、本当に「昭和ノスタルジー」を感じさせるだろうか?


天高しラーメンお代り小池さん  岡清秀
バカボンのママ春陰の絆創膏  若林武史
白鳥を抱きしめているメリーベル  岡野泰輔

たしかにこれらの作品はもとの作品の世界観に従順であり、批評性に欠ける。「取り合わせ」により読み替えができているかどうか、は検討の余地がある。
しかし、そのことと、「昭和ノスタルジーにひたる心性」は同一だろうか?
不条理ギャグの登場人物に貼られた「絆創膏」。ラーメンを食べ続ける貧しい小池さん。「ポーの一族」の無国籍的な風景。これらの風景がおしなべて「昭和ノスタルジー」に見えるとしたら、あまりに原作マンガを知らなさすぎる。
どれもキャラクターに季語を取り合わせた単純な句だが、逆に言えばそれぞれの作品世界をきちんと踏まえ、虚構と日常(季語)との取り合わせを目指しているのだ。その意味で、ただの「思い出」の一部でしかない小川句中のアトムとは、まったく扱いが違う。

川句の認識は、実はそのまま矢作俊彦『ららら科学の子』(文春文庫、2006)に共通する認識だ。
作中の主人公は「昭和三十年代俳人」よりは少し年上の、学生運動経験者だが、かつて科学万能を信じられた時代、を懐かしむ心性は同じだ。
小川句は、「青写真」の季語に沿って、そのまま多くの同世代人が共感できるだろうセピア色の端正な世界観を築いている。しかしそれは、ある季語の現代的変奏というにすぎない。マンガという沃野を、まったく無視して自己の時代認識を露呈しているのみであり、漫画的俳句の観点からみれば新しみに欠ける行為としか言えない。




俳句も「マンガの表現から盗みたい」と後続に回るような姿勢からもう一歩踏み込んで、たとえば芳野の作品がアイロニーをもってマンガや昭和を相対化したように、素材の価値を作品が超えていかなければ、扱う意味がない。

神野氏の批評の結文は、ともすれば「共感」ばかりをめざしがちな、安易な俳句表現への課題として重く受け止めるべきだろう。
しかし、アイロニーや飛躍によって日常を超えていく表現とともに、自分たちをとりまく等身大の漫画的視点も重要である。私見では、ただマンガのキャラクターを扱っただけではなく、漫画的手法、漫画的価値観によって作られる句に、大きな可能性が秘められている。



春の星世界はデッカイ乳で成る  山本たくや
マーブルの壺が私の住処冬  酒井昌子
ペンギンの丹田切断星流る  工藤恵
かぷせるにいまからはいるはるうれい 津田このみ

2011年6月29日水曜日

妖怪俳句


お久しぶりです。

先の更新で次回予告をしたつもりが、すぐに本業の学会発表の準備に追われ、その翌週には先輩の発表を聞きに新潟へ行くというドタバタっぷりで、俳句のことはしばらく忘れ去っていました。これでも私、俳句ではなく中世文学を研究しているもので。

とはいえ、今週からはそういうわけにもいかないようです。
「関西俳句なう」では6-7月の特集として、「夢のオールスター句会」を掲載中。

順番の関係で3週間ほど更新がなく、ちょうど本業に集中できたのですが、今週からいよいよ順番がまわってきましたので一週間連続で担当しています。

私は「妖怪俳句」ということで、妖怪趣味を前面に出して連載中。

初日の月曜日は永田耕衣、
火曜日は中村苑子、
水曜日は正岡子規。
さきほど更新した木曜日は、順当なところでこの方です。


で、それとは別に「つぶやき」のほうでは『船団』89号について紹介させていただきました。
念頭にあったのは、やはり神野紗希さんの時評
改めて読み直すと、あまりにも意図が伝わっていないのではないか、と残念に思い、ここ数ヶ月考えている自分なりの「漫画的俳句」について述べてみたいと思いました。

ところが結局は考察というより紹介に終わってしまったので、どうも納得いかず。


あらためて補足的な評論を、鋭意、執筆中。こちらは近日公開。
 
  

2011年6月9日木曜日

連載/時評/評論


ご無沙汰しています。

本業のほうの発表準備とか、いろいろばたばたしてすっかり更新ができていませんでした。
「俳句なう」のほうは順調に続けているので、そちらでアウトプットできているのも、ちょっと書く気減退の一因かも。


最近、いろいろ考えさせる文章に多く出会ったので、書きたいことは貯まっているのですが、うまくまとまらない状態です。



現在進行形な話題から。

ご存知の方も多いかも知れませんが、朝日新聞の「ニッポン人脈記」/で、「俳句 師を選ぶ」というシリーズを開始しています。
(ネット上で読めるのは第一回のみ)

今日は6回目、池田澄子さんが登場。
代表句「じゃんけんで負けて蛍に生まれたの」、「先生が『行け』と扇動するから、世の中で駄目でも、この線でよし行っちゃえ」という、まぁイケスミ・ファンには知られた話ではあるが、改めて師弟の関係を偲ばせるエピソードである。


この連載の第二回の金子晋氏は師、永田耕衣との師弟関係について次のように語っている。



「以来、永田耕衣という俳人を徹底的にしゃぶりながら飽きることがなかった」。


97年に(注、耕衣が)亡くなる半年前、金子は32歳上の師の爪を切ってあげた。
その爪は今、金子の自宅の書斎にしつらえられた祭壇に、永田の大きな遺影とともに供えてある


こうなるともう、信仰に近いものがある。

こうしたつながりが、俳句によってもたらされたこと。そのこと自体は、他人が否定すべきものではないし、また他の表現でも、ありうることではあるのだろう。
ただ、俳句の場合、といっておかしければ、「伝統」を名乗る多くの文化活動の場合、その師弟関係が必須事項として語られる傾向があり、私にとって奇異に写るのである。

俳句の場合は、「座」の問題、さらに「作者/選者」ということに絡んで論じられる。

しかし、何もかもさらけ出して預けてしまうような、文芸表現を超えたレベルで人間として預け預けられるような精神論というのは、議論として成り立っているのだろうか。実作者自身にとっては最優先であったとしても、鑑賞者、読者にとっては精神論は、「文芸表現」としては二次的なもの、として扱わざるを得ないのではないか。



同じ回には宇多喜代子氏も登場していて、金子氏と親しく耕衣にも紹介してもらったが弟子入りはしなかった。



魅力的で面白いジイサマだと思ったが、門をたたいて、この人について行こうという気にはならなかった。
「人食いザメに丸のみされるようで怖いというか、自分が潰されてしまうというか」

俳句にとって「師」とは何か。いわゆる、結社としての師弟関係を経験していない私にとってはこうした感情はまったく未知であり、大きな謎として常にある。



「信仰」といえば、彌榮浩樹氏の評論「1%の俳句」、一部の人からは「信仰告白」と受け止められたようである。


「詩客」俳句時評 第5回

週刊俳句 彌榮浩樹「1%の俳句」を読む 関悦史

私も「俳句なう」で彌榮氏の評論をとりあげ、いささか違和感があることは表明したが、「信仰告白」とまではとらなかった。

彌榮氏の「1%の俳句」と「99%」との差異が恣意的以外に判断できない、のはまぁその通りとして、彌榮氏のあげる「写生」の特質は、俳句を一番俳句らしくしている根拠、ではあると思われる。

「写生」や、短さからくる言葉の「一挙性」「露呈性」などを強調することは、俳句評論のなかで例のないことではないけれど、なんとか俳句評論内部の言葉ではなく、一般「文芸評論」的な言葉で綴ろうとした、彌榮氏の姿勢は大いに買うべきであろう。

もちろん、俳句らしい、からといって、名句である、ということではない。俳句らしくなくてもスバラシイ句はあっていいのである。彌榮氏は「俳句らしさ」を外れることは意外に簡単だ、というけれど、一度決まったルールを破って成功するのも意外に難しいのであり、だからこそルール破りでの成功例は少なく、希少価値がある。

私も違和感は覚えるが、むしろ彌榮氏の議論を叩き台として、「俳句らしさ」(私の用語でいえば俳句的something)について考えてみたい。
彌榮氏の「1%/99%」の議論は、おそらくピラミッド型のヒエラルキーをイメージしている。これを平面的な、同心円のようなモデルにあてはめれば、中心の「俳句らしい」俳句と、周縁の「俳句らしくない」俳句、また「俳句らしい」とおもっている大多数、のような区分けが、もう少しできるのではないだろうか。



楽しみにしていた文章が、公開された。
西村麒麟さんの、阿部青鞋鑑賞だ。


カモン!火門集(阿部青鞋『火門集』)

とにかく麒麟さんが、阿部青鞋の句を心から楽しんでいるのが伝わってくる。それもよくわかる、なんせこんな句が並んでいるのだから。



赤ん坊ばかりあつまりいる悪夢
感動のけむりをあぐるトースター
少年が少女に砂を嗅がしむる
釣人のうしろ鶯きゃーと鳴く
ひきだしに海鳥がきてばたばたする
阿部青鞋という作家は、比較的新しい人のわりに俳句表現史では扱われることが少なく、扱われても大きくとりあげられることはまずないのだが、本当にケッタイな句を詠んでいる。
それに対し、いちいち律儀にツッコム麒麟さんの文章スタイルは爆笑必至。個人的にはR-1グランプリでも通用すると思っている。
ともかく麒麟さんというのは、こういう、ちょっとどう読んだらいいのか立ち止まるような、「俳……句、ですよね?」的な句を見つけてくるのが、天才的にうまいのだ。
皆さん、是非笑う準備をしてご覧ください。



ここまで書いて、さきほど気付いたが、週刊俳句・時評で神野紗希さんが「船団」89号の特集「マンガと俳句」をとりあげている。




週刊俳句 Haiku Weekly: 【週刊俳句時評第34回】昭和二十年ジャムおじさんの夏 「船団」第89号特集「マンガと俳句」 神野紗希

拙句もとりあげていただいているが、紗希さんにとっては「物足りない」特集になってしまっていたようだ。
これについては「俳句なう」で「漫画的一句」を担当している建前上、すこしマジメに考えてみたいと思っています。


※6/9深夜更新。その後、10日未明、加筆修正。