2015年1月4日日曜日

関西俳人選 (2)


続き

山口波津女(やまぐち・はつじょ)

明治三九年、大阪生まれ。父は浅井啼魚、夫は山口誓子。「ホトトギス」「馬酔木」を経て「天狼」「七曜」に参加。句集『良人』『天楽』など。昭和六十年没。

  • 風邪ひきし夫のあはれさかぎりなし
  • 手毬つく髪ふさふさと動きけり
  • 風船を居間に放ちて冬籠
  • 曼珠沙華夫は見しとふ羨し
  • 油虫われを嫌がらせて走る
  • 愛情は泉のごとし毛糸編む
  • 聖菓切るキリストのこと何も知らず
  • 香水の一滴づつにかくも減る
  • 男の雛の袖の中にて女雛立つ
  • 読み初めの一頁より女不幸
  • 水中花何の花とも云ひ難し
  • 見れば必殺す油虫あはれなもの
  • 油虫今宵は月の光に飛ぶ
  • 扉をあけて青赤のもの冷蔵庫
  • 嬰児(えいじ)を抱けば毛糸のかたまりよ
  • 過去多くなりぬショールに顔うづめ
  • 百足虫など神何故に創られし
  • 暗闇で悪を働く油虫
  • なほ高き方へゆかんと揚羽蝶(あげはちよう)
  • 白桃を手に持つこころやさしくし



長谷川素逝(はせがわ・そせい)
明治四〇年、大阪生まれ。昭和八年「京大俳句」創刊にくわわり、のち「ホトトギス」同人。旧制甲南高校教授。句集『砲車』『村』『暦日』など。昭和二一年十月没。
  • つち風のあらしもくもくもくと兵らゆく
  • 凍土揺れ射ちし砲身あとへすざる
  • ぎじぎじと熱砂は口をねばらする
  • さくらはやかたき小さき芽をもちぬ
  • 秋白く足切断とわらへりき
  • 沙羅の花深山の空のしづけさに
  • 夜光虫燃えてさびしや佐渡さらば
  • いちにちのたつのがおそい炉をかこむ
  • 馬ゆかず雪はおもてをたたくなり
  • あたたかくたんぽぽの花茎の上
  • いちまいの朴(ほお)の落葉のありしあと
  • おぼろめく月よ兵らに妻子あり
  • さよならと梅雨の車窓に指で書く
  • ふりむけば障子の桟に夜の深さ
  • 円光を着て鴛鴦(をしどり)の目をつむり
  • 春の夜のつめたき掌なりかさねおく
  • 連翹(れんぎよう)の雨にいちまい戸をあけて
  • すかんぽのひる学校に行かぬ子は
  • 二月はやはだかの木々に日をそそぐ
  • しづかなるいちにちなりし障子かな
桂信子(かつら・のぶこ)
大正三年、大阪市生まれ。日野草城に師事する。昭和四五年「草苑」を創刊主宰。句集に『月光抄』『女身』『晩春』など。平成一六年没。
  • ひとづまにゑんどうやはらかく煮えぬ
  • クリスマス妻のかなしみいつしか持ち
  • やはらかき身を月光の中に容れ
  • ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜
  • ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき
  • 窓の雪女体にて湯をあふれしむ
  • さくら散り水に遊べる指五本
  • ひとり臥てちちろと闇をおなじうす
  • 虫しげし四十とならば結城着む
  • 山超える山のかたちの夏帽子
  • 野遊びの着物のしめり老夫婦
  • 老人に石のつらなる秋祭
  • 鯛あまたゐる海の上盛装して
  • 母のせて舟萍(うきくさ)のなかへ入る
  • きさらぎをぬけて弥生へものの影
  • ごはんつぶよく噛んでゐて桜咲く
  • 地の底の燃ゆるを思へ去年今年
  • たてよこに富士伸びてゐる夏野かな
  • 冬麗や草に一本づつの影
  • 桶の底なまこに骨のない不安

波多野爽波(はたの・そうは)
大正一二年、東京都生まれ。祖父、波多野敬直はもと宮内大臣。京都帝国大学卒。「ホトトギス」同人、「青」創刊主宰。句集に『舗道の花』『骰子』など。平成三年没。
  • 鳥の巣に鳥が入つてゆくところ
  • 砂日傘さつきの犬がまた通る
  • 滝見えて滝見る人も見えてきし
  • 下るにはまだ早ければ秋の山
  • 冬空や猫塀づたひどこへもゆける
  • 地に円を描きある中に蜂とまる
  • 金魚玉とり落しなば舗道の道
  • 本あけしほどのまぶしさ花八つ手
  • 地下のバーにいて凍鶴といま遠し
  • 釣堀の四隅の水の疲れたる
  • 青柿の夜々太りつつ星は気儘
  • 吾を容れて羽ばたくごとし春の山
  • 炬燵出て歩いてゆけば嵐山
  • 探梅へ黒子も雀斑の人も
  • 天ぷらの海老の尾赤き冬の空
  • 雪うさぎ巫女二人仲睦まじく
  • 骰子の一の目赤し春の山
  • 大根買ふ輪切りにすると決めてをり
  • チューリップ花びら外れかけてをり
  • 寺にゐてががんぼとすぐ仲良しに
赤尾兜子(あかお・とうし)
大正一四年、兵庫県生まれ。大阪外語専門学校時代の同級に司馬遼太郎。戦後、京都大学在学中に「太陽系」同人。のち「渦」創刊主宰。句集『蛇』『虚像』。昭和五六年没。
  • 萩桔梗またまぼろしの行方かな
  • 青葡萄透きてし見ゆる別れかな
  • 年用意われには胸に隠す遺書
  • 霧の夜々石きりきりと錐(きり)を揉む
  • 音楽漂う岸侵しゆく蛇の飢
  • ささくれだつ消しゴムの夜で死にゆく鳥
  • 機関車の底まで月明(あきら)か 馬盥(うまたらい)
  • 帰り花鶴折るうちに折り殺す
  • 嬰児(えいじ)泣く雪中の鉄橋白く塗られ
  • 子の鼻血プールに交じり水となる
  • さしいれて手足つめたき花野かな
  • ゆめ二つ全く違ふ蕗のたう
  • 狼のごとく消えにし昔かな
  • まなこ澄む男ひとりやいわし雲
  • 近海へ入り来る鮫よ神無月
  • 大雷雨鬱王と合ふあさの夢
  • 未知の発音尖る陸橋の白い茸(たけ)
  • 柿の木はみがかれすぎて山の国
  • 白い体操の折目正しく弱るキリン
  • 海胆(うに)割るに崩れたちまち痩せにけり

田中裕明(たなか・ひろあき)
昭和三四年、大阪市生まれ。京都大学工学部卒。波多野爽波に師事し、「青」同人。平成一二年「ゆう」創刊主宰。平成一六年、白血病により死去。四五歳。句集『先生からの手紙』ほか。
  • この橋は父が作りし?しぐれ
  • 大学も葵祭のきのふけふ
  • 沈丁花冥界ときに波の間に
  • 鉋(かんな)抱く村の童やさくらちる
  • 悉(ことごと)く全集にあり衣被
  • いちにちをあるきどほしの初桜
  • 朝刊に雪の匂ひす近江かな
  • 渚にて金澤のこと菊のこと
  • なんとなく街がむらさき春を待つ
  • 麦秋と思ふ食堂車にひとり
  • 春昼の壺盗人の酔ふてゐる
  • 母の耳父の耳よりあたたかき
  • 春昼の壺盗人の酔うてゐる
  • みづうみのみなとのなつのみじかけれ
  • 寒き夜や父母若く貧しかりし
  • 人の目にうつる自分や芝を焼く
  • をさなくて昼寝の国の人となる
  • 水遊びする子に先生から手紙
  • 日本語のはじめはいろはさくらちる
  • 空へゆく階段のなし稲の花

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